2008.03.13 (Thu)
K&C 折れた翼 5
学校からの呼び出しの後、自宅に戻った翔太は先ほどの話を家族達に報告しなければいけなかった。
だが、なかなか切り出しづらく玄関先でモジモジしてたら、母の美佐子が出迎えてくれた。
そしていまにも泣き出しそうなわが子を見とめると、苦笑して室内に招き入れた。
(まったくもう、この子は。中身はいつまで経ってもお子様なのよねぇ…)
「母ちゃん……おれ…」
「さっき学校から電話があったから知ってるわよ」
そして、こう付け加えた。
「あんたは何も心配しなくていいから。今まで通り好きなスケートを続けていけばいいのよ」
何でもなさそうに言ったが、内心美佐子は内定取り消しをしたレイベックスにかなり腹を立てていた。
ただでさえ落ち込んでるわが子に対して、あんまりな仕打ちではないか!
まあ、会社の企業としては利益を優先して然るべきだったろうし、翔太に商品価値がないと判断したのならば仕方がない選択なのだろうが。
だが大切な息子をいらないもののように切り捨てたレイベックスに、いまにみてろ!と美佐子はかたく決意する。
(うちの翔太はこんなことで挫けるような子じゃないし、オリンピックではちょっと失敗しちゃったけど、スケートだって超一流なんだからね!後で後悔したって遅いんだから!!)
もしかすると翔太の勝気な性格は、この母の血を色濃く受け継いでいるからかもしれない。
普段はのん気で多少ズレたところのある美佐子だが、夜なべしてでも息子の衣装を作り、次の日には家事をこなしてパートに出かける、といったことを黙々とこなす芯の強い一面を併せ持っている。
翔太の日常は、世間の人がスポーツマンを連想する規則正しいイメージとは、かけ離れているかもしれない。
もちろん出来うる限りに健康管理に気を配ってはいるが、うまく果たせないのが現状である。
まず練習場の確保である。
リンクを借りられる時間帯に合わせてスケジュールが組まれるからだ。
自分の都合に合わせて日中リンクを貸切にするには出費がかかる上に、リンク側も個人の使用に制限を設けている場合もあるので、早朝の営業前と夜の営業後の練習がメインで、練習時間は競技会の時期やプログラムの進行具合によって多少変動する。
それで足りない分は日中に一般客に交じっての練習や、数時間リンクを貸切にするという具合である。
睡眠不足を補うため昼間空いた時間仮眠を取りつつ、基礎体力トレーニングや有酸素運動、ジムでのウエイトトレーニングをこなすのが日課になっている。
翔太はもう慣れたので日々、ただ黙々と決められたトレーニングメニューを消化するのみである。
スポーツ選手の日常と言うものは、案外こうした地味な練習の積み重ねで成り立っているものなのだ。
だが、さらに翔太に追い討ちをかける事態が起こっていた。
またも呼び出しで、今回は連盟からである。
渋谷区にある岸記念体育館内。
各種アマチュアスポーツ団体の事務局があるが、財団法人日本スケート連盟の事務局もまた然り。
最近立て続けに不祥事が発覚した日本スケート連盟は、逮捕者も出たためトップの首をすげ替えることにしたが、まだ抜本的な改革はなされてない。
会長に任命された人物はやはりスピードスケート畑の人間で、以前からある競技種目の確執を取り除くには難しい人選だった。
理事会の席で役員達は茶を啜りながらこう言った。
「ほら、あれだよ、あれ。あれはまずいねぇ」
「ああ、例の…」
「うん、だってあれだけ大騒ぎになっちゃ、まずいでしょ」
「確かに…フィギュア人気が落ちちゃ、我々の旨みも減りますしねぇ…最近何かと取り締まりもキツイですし」
「だから一回、本人に謝らしときゃ、済むんじゃないの?」
「彼がいやがったら、どうします?」
「そんときゃ、連盟の登録抹消とか言って、脅しときゃ大人しく言うこと聞くでしょ」
翔太のあずかり知らぬところで役員達はこんな会話をしていたのだった。
都内の某所を貸し切って執り行われた謝罪会見は、まったくもって茶番だった。
怒りに震えた翔太が謝罪会見を開くことには直前まで拒否したが、連盟の命令に逆らうことは許されず、最終的には折れるしかなかった。
「おれ、謝罪会見なんて馬鹿らしいことすんのやです…」
叫び出しそうになるのを翔太は必死でこらえて、連盟の役員達に直訴したが無情にも却下された。
「このままじゃ、国民が納得しないんだよ」
「一度形だけでも謝っときゃ、それで済むんだから、いいじゃないかね」
「君だけにかかわってる暇はないんだよ。世界フィギュアも控えてるし、その前にきみが世間に与えた悪いイメージを払拭しないと、他の選手にまで迷惑が掛かるかも知れないしね」
他の選手にまで迷惑が掛かる…翔太もこれには参ったので嫌々ながらも記者会見を開いて謝るしかなかったのだ。
かくして会見は始まった。
幾つものフラッシュが翔太目がけて容赦なく浴びせられる。
翔太の両サイドにはコーチと連盟のお偉いさんが一人。
「この度はぼくの大人気ない振る舞いから、大変ご不快な思いをされた、さくらTVインタビュアーの方と関係者の方々、ならびに応援して下さった国民の皆様にも、期待を裏切る結果となりましたこと、競技後の説明責任を放棄しましたことを、深くお詫び申し上げます」
会見場入りした早々、翔太はそう陳謝し、深々と頭を下げて席に着いた。
だが内心の葛藤は凄まじく、屈辱に震えて口を引き結び、両手を膝の上で握り締めて耐えていたのが本音だった。
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だが、なかなか切り出しづらく玄関先でモジモジしてたら、母の美佐子が出迎えてくれた。
そしていまにも泣き出しそうなわが子を見とめると、苦笑して室内に招き入れた。
(まったくもう、この子は。中身はいつまで経ってもお子様なのよねぇ…)
「母ちゃん……おれ…」
「さっき学校から電話があったから知ってるわよ」
そして、こう付け加えた。
「あんたは何も心配しなくていいから。今まで通り好きなスケートを続けていけばいいのよ」
何でもなさそうに言ったが、内心美佐子は内定取り消しをしたレイベックスにかなり腹を立てていた。
ただでさえ落ち込んでるわが子に対して、あんまりな仕打ちではないか!
まあ、会社の企業としては利益を優先して然るべきだったろうし、翔太に商品価値がないと判断したのならば仕方がない選択なのだろうが。
だが大切な息子をいらないもののように切り捨てたレイベックスに、いまにみてろ!と美佐子はかたく決意する。
(うちの翔太はこんなことで挫けるような子じゃないし、オリンピックではちょっと失敗しちゃったけど、スケートだって超一流なんだからね!後で後悔したって遅いんだから!!)
もしかすると翔太の勝気な性格は、この母の血を色濃く受け継いでいるからかもしれない。
普段はのん気で多少ズレたところのある美佐子だが、夜なべしてでも息子の衣装を作り、次の日には家事をこなしてパートに出かける、といったことを黙々とこなす芯の強い一面を併せ持っている。
翔太の日常は、世間の人がスポーツマンを連想する規則正しいイメージとは、かけ離れているかもしれない。
もちろん出来うる限りに健康管理に気を配ってはいるが、うまく果たせないのが現状である。
まず練習場の確保である。
リンクを借りられる時間帯に合わせてスケジュールが組まれるからだ。
自分の都合に合わせて日中リンクを貸切にするには出費がかかる上に、リンク側も個人の使用に制限を設けている場合もあるので、早朝の営業前と夜の営業後の練習がメインで、練習時間は競技会の時期やプログラムの進行具合によって多少変動する。
それで足りない分は日中に一般客に交じっての練習や、数時間リンクを貸切にするという具合である。
睡眠不足を補うため昼間空いた時間仮眠を取りつつ、基礎体力トレーニングや有酸素運動、ジムでのウエイトトレーニングをこなすのが日課になっている。
翔太はもう慣れたので日々、ただ黙々と決められたトレーニングメニューを消化するのみである。
スポーツ選手の日常と言うものは、案外こうした地味な練習の積み重ねで成り立っているものなのだ。
だが、さらに翔太に追い討ちをかける事態が起こっていた。
またも呼び出しで、今回は連盟からである。
渋谷区にある岸記念体育館内。
各種アマチュアスポーツ団体の事務局があるが、財団法人日本スケート連盟の事務局もまた然り。
最近立て続けに不祥事が発覚した日本スケート連盟は、逮捕者も出たためトップの首をすげ替えることにしたが、まだ抜本的な改革はなされてない。
会長に任命された人物はやはりスピードスケート畑の人間で、以前からある競技種目の確執を取り除くには難しい人選だった。
理事会の席で役員達は茶を啜りながらこう言った。
「ほら、あれだよ、あれ。あれはまずいねぇ」
「ああ、例の…」
「うん、だってあれだけ大騒ぎになっちゃ、まずいでしょ」
「確かに…フィギュア人気が落ちちゃ、我々の旨みも減りますしねぇ…最近何かと取り締まりもキツイですし」
「だから一回、本人に謝らしときゃ、済むんじゃないの?」
「彼がいやがったら、どうします?」
「そんときゃ、連盟の登録抹消とか言って、脅しときゃ大人しく言うこと聞くでしょ」
翔太のあずかり知らぬところで役員達はこんな会話をしていたのだった。
都内の某所を貸し切って執り行われた謝罪会見は、まったくもって茶番だった。
怒りに震えた翔太が謝罪会見を開くことには直前まで拒否したが、連盟の命令に逆らうことは許されず、最終的には折れるしかなかった。
「おれ、謝罪会見なんて馬鹿らしいことすんのやです…」
叫び出しそうになるのを翔太は必死でこらえて、連盟の役員達に直訴したが無情にも却下された。
「このままじゃ、国民が納得しないんだよ」
「一度形だけでも謝っときゃ、それで済むんだから、いいじゃないかね」
「君だけにかかわってる暇はないんだよ。世界フィギュアも控えてるし、その前にきみが世間に与えた悪いイメージを払拭しないと、他の選手にまで迷惑が掛かるかも知れないしね」
他の選手にまで迷惑が掛かる…翔太もこれには参ったので嫌々ながらも記者会見を開いて謝るしかなかったのだ。
かくして会見は始まった。
幾つものフラッシュが翔太目がけて容赦なく浴びせられる。
翔太の両サイドにはコーチと連盟のお偉いさんが一人。
「この度はぼくの大人気ない振る舞いから、大変ご不快な思いをされた、さくらTVインタビュアーの方と関係者の方々、ならびに応援して下さった国民の皆様にも、期待を裏切る結果となりましたこと、競技後の説明責任を放棄しましたことを、深くお詫び申し上げます」
会見場入りした早々、翔太はそう陳謝し、深々と頭を下げて席に着いた。
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2008.03.15 (Sat)
K&C 折れた翼 6
「ファンの方々は演技の出来以上に、今回のあなたの態度の悪さを正直かなりがっかりしてると思いますが?」
「はい、応援してくれた方々には、本当に申し訳なく思っております」
「では全面的に非を認めるわけですね」
「はい、申し訳ございませんでした」
「二週間後に迫った世界選手権についてお伺いしますが、鷹森さんは出場される予定なんですよね」
「はい、選手権に向けて体調を整えて、万全のコンディションで望みたいと思います」
「同席しておられます日本スケート連盟の澤木会長にお尋ねします。今回の鷹森君の問題行動に対して、連盟の方ではなにか処分を検討する、という話は上がっていないのですか?」
「え!?いえ、その…」
「特別強化選手から強化選手への格下げというのは伺っておりますが、国民の皆さんの期待を裏切る結果になった上に、逆切れしてインタビューをボイコットした選手に対する処分にしては軽すぎると思いますが?」
「はあ…、い、いえ、ゴホン、え〜、この会見が済み次第、役員を招集しまして、国民の皆様が納得される形で、前向きに検討したいと思います」
(おい!ちょっとまて!)
思わず翔太は隣に同席している新会長の澤木を凝視してしまった。
こうして会見は思わぬ展開に進んでいき幕を閉じた。
結局二週間後に迫った世界フィギュアの出場資格は取り消され、次点繰上げで代表はトリノの座を争った宮原が出場することになった。
オリンピックから僅か一ヵ月後の世界選手権だったので、気を引き締めて調整し、コンディションを整えていたのは何の役にも立たなかった。
そればかりか連盟は記者達にそそのかされて急遽開いた役員会議で、翔太に三ヶ月の国際大会と国内大会の出場停止処分を加えた。
またそれに伴ってトレーナーや振付師のパウル・フェデラーが契約解除を申し渡してきた。
コーチの杉沼は残ってくれたが、連盟の強い要請により最近注目株のジュニアの選手を受け持つことになり、他にも数人の選手を兼任しているため、必然的に停止処分中の翔太の指導は後回しにせざるを得なかった。
こうして翔太は世間にも忘れ去られ、フィギュア界の表舞台からも姿を消し、トリノの代表選手だったと言う華々しい過去は黙殺され、国民総意で静かなる抹殺をされたのであった。
今まで翔太の競技活動を支えてくれた人々は去っていき、環境は著しく寂しいものになり、精神的ストレスでボロボロになった。
(自分はなんてちっぽけな人間なんだろう…人の都合であっちに行ったりこっちに行ったりする)
皮肉なことにスケジュールも真っ白になった翔太は、高校の卒業証書授与式にも無事出席できた。
「じゃ、こんどまたゆっくり会おうぜ」
「おう!時間できたら誘うわ」
「翔太君、元気でね!」
「お前いまのうちに遊んどけよ!またすぐ忙しくなるんだからさ」
気の置けない友人達と別れ、翔太は一度自宅にもどって日課の自主トレの準備をしてジムに向かった。
精神的には限界だったが、体を動かしていないと逆に不安なのだ。
なぜこんなにもフィギュアにひたむきになれるのか…
翔太自身不思議だった。
翔太がフィギュアスケートを始めたのは7歳の時だった。
当時自宅の近くにスケートリンク施設が出来たのを幸いに、何をやらせても長続きしないで鬱屈した日々を送っていた翔太を見かねて、美佐子は翔太をアイスホッケークラブの見学に連れ出した。
ところが翔太は偶然その前の時間帯に開かれていたフィギュアスケート教室の方に目を奪われてしまった。
氷の上で自由に滑ったりくるくる回ったりしてるアクロバティックな動きにすっかり魅了されてしまったのである。
それが自分よりも少し上のお兄さんお姉さん達だったと言うことも、子供心に衝撃的な原風景を残した。
「お母さん、ぼくこれやりたい!」
瞳を輝かせて翔太はこの教室に通いたいと美佐子にお願いした。
意外な成り行きだったが、美佐子も異論は無かったので早速入会の手続きをした。
しかし、やり始めてわかったこと。
ただ滑るだけならあっという間に出来たが、その後が続かなかった。
大抵のスポーツならば今まで難なくこなしてきた翔太にとって、思いがけないことであった。
以前、兄の翼と一緒に通ったスイミングスクールでも翔太はすぐに泳げるようになったから。
俯瞰で見ている何者かがいたならば、いや、難なく出来てしまったからこそ、全て長続きしなくてつまらなかったのだが…とでも言いたい所だろう。
お姉さん、お兄さんみたいにうまく滑れるようになりたい!
なにくそ!と思って苦労して出来た達成感は格別だった。
翔太はこの時知る由もなかったが、この教室は元オリンピック代表、銀メダリストの安国幸子コーチ主催のスケート教室で、子供達に少しでもスケートに興味を持ってもらおうと開かれた初心者教室だった。
しかし指導者のネームバリューからか近隣の中級クラスの子供達の親が、少しでも薫陶を仰ごうと、わざわざ通わせていたと言う訳である。
まったくの初心者と聞いていた翔太が、稀に見るスピードで基礎技術をマスターしていく様をつぶさに観察していた安国コーチは内心感嘆の思いだったが、この素質を大事に育てていくために、しばらくは静観することにした。
そして物足りなさを感じ始めた翔太を見計らって、時期が来たと思い第二段階に進ませるべく、未来の選手を育成する為のクラブを紹介したのだった。
そこで師弟関係を結んだのが、現コーチの杉沼朔太郎だった。
杉沼は選手としては世界フィギュア選手権3位が自身最高の成績だったが、優秀な選手が優秀な指導者になれるとは限らないもので、安国コーチの折り紙付きでもあり、杉沼の選手育成能力の高さは、過去に優れた成績を残した選手を輩出してきたことでも証明されていた。
クラブでもメキメキと頭角を現してきた翔太は、ノービスの大会に出場したりバッジテストを受けたりして、着実に競技としてのフィギュアスケートの道に進んでいった。
その後ジュニアへと進み、全日本ジュニア選手権で2連覇を達成し、世界ジュニア選手権では惜しくも優勝を逃し2位になったが、フィギュア界では不毛の男子シングルに天才児現る!などど翔太への注目度が高まっていた。
2004年〜05年シーズンにかけてシニアへと移行し、初参戦した全日本選手権では初優勝、翌年の世界選手権に進出したが体調不良で12位と言う結果になり、次の出場枠も男子シングルは1枠のみとなった。
シーズン後半のグランプリシリーズで初優勝を果たしファイナルへと進出した。
年末のオリンピック日本代表選手最終選考会も兼ねた、全日本選手権で2連覇を果たして翔太は代表選手に選出された。
スケートを始めてからは、脇目も振らずに突っ走ってきた翔太である。
振り返ってみるといまの自分には他に何もないのだとつくづく思い知らされてしまう。
まずリンクに立つと、清々とした空間に身が引き締まり自然と落ち着く。
氷のキャンバスにブレードで思いのままに描く曲線が好きだ。
風を受けて滑るのは本当に気持ちがいい。
「おれって、ほんとスケートが好きなのな…」
今更ながら翔太は自分がどれほどスケートが好きなのか再確認して苦笑してしまった。
(やっぱりどんなに周りが辞めさせようとしても、おれ無理だわ。まだ辞めらんねぇ…)
たとえ選手として競技会に出られなくても、翔太にとってそんなことは関係なく、スケートを好きな気持ちは変わらないのだから。
皮肉なことにスケートを続けることが困難な状況に追い込まれて初めて、それが一番大切なことであることを、翔太は改めて実感したのである。
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「はい、応援してくれた方々には、本当に申し訳なく思っております」
「では全面的に非を認めるわけですね」
「はい、申し訳ございませんでした」
「二週間後に迫った世界選手権についてお伺いしますが、鷹森さんは出場される予定なんですよね」
「はい、選手権に向けて体調を整えて、万全のコンディションで望みたいと思います」
「同席しておられます日本スケート連盟の澤木会長にお尋ねします。今回の鷹森君の問題行動に対して、連盟の方ではなにか処分を検討する、という話は上がっていないのですか?」
「え!?いえ、その…」
「特別強化選手から強化選手への格下げというのは伺っておりますが、国民の皆さんの期待を裏切る結果になった上に、逆切れしてインタビューをボイコットした選手に対する処分にしては軽すぎると思いますが?」
「はあ…、い、いえ、ゴホン、え〜、この会見が済み次第、役員を招集しまして、国民の皆様が納得される形で、前向きに検討したいと思います」
(おい!ちょっとまて!)
思わず翔太は隣に同席している新会長の澤木を凝視してしまった。
こうして会見は思わぬ展開に進んでいき幕を閉じた。
結局二週間後に迫った世界フィギュアの出場資格は取り消され、次点繰上げで代表はトリノの座を争った宮原が出場することになった。
オリンピックから僅か一ヵ月後の世界選手権だったので、気を引き締めて調整し、コンディションを整えていたのは何の役にも立たなかった。
そればかりか連盟は記者達にそそのかされて急遽開いた役員会議で、翔太に三ヶ月の国際大会と国内大会の出場停止処分を加えた。
またそれに伴ってトレーナーや振付師のパウル・フェデラーが契約解除を申し渡してきた。
コーチの杉沼は残ってくれたが、連盟の強い要請により最近注目株のジュニアの選手を受け持つことになり、他にも数人の選手を兼任しているため、必然的に停止処分中の翔太の指導は後回しにせざるを得なかった。
こうして翔太は世間にも忘れ去られ、フィギュア界の表舞台からも姿を消し、トリノの代表選手だったと言う華々しい過去は黙殺され、国民総意で静かなる抹殺をされたのであった。
今まで翔太の競技活動を支えてくれた人々は去っていき、環境は著しく寂しいものになり、精神的ストレスでボロボロになった。
(自分はなんてちっぽけな人間なんだろう…人の都合であっちに行ったりこっちに行ったりする)
皮肉なことにスケジュールも真っ白になった翔太は、高校の卒業証書授与式にも無事出席できた。
「じゃ、こんどまたゆっくり会おうぜ」
「おう!時間できたら誘うわ」
「翔太君、元気でね!」
「お前いまのうちに遊んどけよ!またすぐ忙しくなるんだからさ」
気の置けない友人達と別れ、翔太は一度自宅にもどって日課の自主トレの準備をしてジムに向かった。
精神的には限界だったが、体を動かしていないと逆に不安なのだ。
なぜこんなにもフィギュアにひたむきになれるのか…
翔太自身不思議だった。
翔太がフィギュアスケートを始めたのは7歳の時だった。
当時自宅の近くにスケートリンク施設が出来たのを幸いに、何をやらせても長続きしないで鬱屈した日々を送っていた翔太を見かねて、美佐子は翔太をアイスホッケークラブの見学に連れ出した。
ところが翔太は偶然その前の時間帯に開かれていたフィギュアスケート教室の方に目を奪われてしまった。
氷の上で自由に滑ったりくるくる回ったりしてるアクロバティックな動きにすっかり魅了されてしまったのである。
それが自分よりも少し上のお兄さんお姉さん達だったと言うことも、子供心に衝撃的な原風景を残した。
「お母さん、ぼくこれやりたい!」
瞳を輝かせて翔太はこの教室に通いたいと美佐子にお願いした。
意外な成り行きだったが、美佐子も異論は無かったので早速入会の手続きをした。
しかし、やり始めてわかったこと。
ただ滑るだけならあっという間に出来たが、その後が続かなかった。
大抵のスポーツならば今まで難なくこなしてきた翔太にとって、思いがけないことであった。
以前、兄の翼と一緒に通ったスイミングスクールでも翔太はすぐに泳げるようになったから。
俯瞰で見ている何者かがいたならば、いや、難なく出来てしまったからこそ、全て長続きしなくてつまらなかったのだが…とでも言いたい所だろう。
お姉さん、お兄さんみたいにうまく滑れるようになりたい!
なにくそ!と思って苦労して出来た達成感は格別だった。
翔太はこの時知る由もなかったが、この教室は元オリンピック代表、銀メダリストの安国幸子コーチ主催のスケート教室で、子供達に少しでもスケートに興味を持ってもらおうと開かれた初心者教室だった。
しかし指導者のネームバリューからか近隣の中級クラスの子供達の親が、少しでも薫陶を仰ごうと、わざわざ通わせていたと言う訳である。
まったくの初心者と聞いていた翔太が、稀に見るスピードで基礎技術をマスターしていく様をつぶさに観察していた安国コーチは内心感嘆の思いだったが、この素質を大事に育てていくために、しばらくは静観することにした。
そして物足りなさを感じ始めた翔太を見計らって、時期が来たと思い第二段階に進ませるべく、未来の選手を育成する為のクラブを紹介したのだった。
そこで師弟関係を結んだのが、現コーチの杉沼朔太郎だった。
杉沼は選手としては世界フィギュア選手権3位が自身最高の成績だったが、優秀な選手が優秀な指導者になれるとは限らないもので、安国コーチの折り紙付きでもあり、杉沼の選手育成能力の高さは、過去に優れた成績を残した選手を輩出してきたことでも証明されていた。
クラブでもメキメキと頭角を現してきた翔太は、ノービスの大会に出場したりバッジテストを受けたりして、着実に競技としてのフィギュアスケートの道に進んでいった。
その後ジュニアへと進み、全日本ジュニア選手権で2連覇を達成し、世界ジュニア選手権では惜しくも優勝を逃し2位になったが、フィギュア界では不毛の男子シングルに天才児現る!などど翔太への注目度が高まっていた。
2004年〜05年シーズンにかけてシニアへと移行し、初参戦した全日本選手権では初優勝、翌年の世界選手権に進出したが体調不良で12位と言う結果になり、次の出場枠も男子シングルは1枠のみとなった。
シーズン後半のグランプリシリーズで初優勝を果たしファイナルへと進出した。
年末のオリンピック日本代表選手最終選考会も兼ねた、全日本選手権で2連覇を果たして翔太は代表選手に選出された。
スケートを始めてからは、脇目も振らずに突っ走ってきた翔太である。
振り返ってみるといまの自分には他に何もないのだとつくづく思い知らされてしまう。
まずリンクに立つと、清々とした空間に身が引き締まり自然と落ち着く。
氷のキャンバスにブレードで思いのままに描く曲線が好きだ。
風を受けて滑るのは本当に気持ちがいい。
「おれって、ほんとスケートが好きなのな…」
今更ながら翔太は自分がどれほどスケートが好きなのか再確認して苦笑してしまった。
(やっぱりどんなに周りが辞めさせようとしても、おれ無理だわ。まだ辞めらんねぇ…)
たとえ選手として競技会に出られなくても、翔太にとってそんなことは関係なく、スケートを好きな気持ちは変わらないのだから。
皮肉なことにスケートを続けることが困難な状況に追い込まれて初めて、それが一番大切なことであることを、翔太は改めて実感したのである。
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2008.03.19 (Wed)
K&C 折れた翼 7
学生生活とも別れを告げ、出場停止処分が解けるまでは競技会にも出られない身の上で、日課の自主トレを終えて時間を持て余していた翔太は、横浜にあるスポーツセンター内のリンクで、今頃は練習しているだろうとジュニアまで所属していたスケートクラブを覗いてみることにした。
顔馴染みのスタッフに挨拶したところ、いいところに来たとばかりに雑用を押し付けられた。
「いや〜、いいとこに来てくれたね、助かったよ〜、三階の資料室だから、よろしくね!」
そう言ってスタッフは、両手に持ってた手さげのついた紙袋を二つ翔太の前にどさりと差し出すと、どこかに消え去ってしまった。
紙袋の中にはスケートに関する資料が山ほど詰め込まれている。
つまり資料室から借りた資料を所定の場所に戻しとけと言う訳である。
曲がりなりにもオリンピック代表選手だった翔太に対するこの雑な扱い…かなり理不尽だったが、このままほっとくことも出来ないので、仕方なく雑用に取り掛かることにした。
スタッフはそんなつもりはなかったのだが、最近の己の置かれてる現状を再確認してしまい、ちょっと卑屈になってしまったのが本音である。
資料室に入ると翔太は、フイギュアスケート関連の資料が収められた書棚へ、紙袋の中身を地道に戻していく作業に取り掛かった。
残りわずかというところで、ラベルが擦り切れてる古いビデオテープが出てきた。
(これも同じ場所に戻してもいいのか?)
辺りを見回すと、映像コーナーがちゃんとあったのでコーナーへ行き、戻そうとしたが…
「フイギュアのビデオ…と、あれ、分類番号のとこが擦り切れててわかんねぇよ、これ。ま、いいか」
と、適当なスペースに置こうとしたが、棚の下にはしっかりと注意書が書かれている。
『閲覧済みの資料は元の場所にお戻し下さい』
(マジかよ〜)
もう一度ビデオテープのラベルに書かれたタイトルを見てみる。
『1992アルベールビル冬季オリンピックフィギュアスケート女子シングル』と書いてある。
「あ、日本人初の銀メダリストが出たやつじゃん、佐藤あけみ選手だよ。14年前って、おれまだ4つじゃん」
興味がむくむくと湧いてくる。
閲覧スペースには都合良く年代物のビデオ一体型のテレビが置いてある。
「ふふん」
いたずらな笑みを浮かべて翔太はいそいそと閲覧スペースに向かうと、ビデオデッキに持っていたビデオテープをセットして観始めた。
映像はメダリストのオリンピックまでの軌跡、中でも終始一貫して銀メダリストの佐藤に焦点を当てていた。
日々進化するスポーツの世界であるから、フィギュアスケートも昔に比べれば格段にレベルが高くなっている。
10年以上も前のしかも女子の演技で、翔太は次第に退屈になってきた。
だが日本の佐藤が出てきた途端、『これだよ!』と思ってしまった。
確かにこの時代の他の女子のスケーティングは、優雅な演技でスピードもジャンプも迫力がない、その中でずば抜けたスピードとジャンプ力を持った佐藤の演技は正にアスリートと呼ぶに相応しい。
『観客はゴム鞠が跳ねるのを見に来ているわけではないわ』
カルガリーの金メダリストは佐藤の演技を暗に揶揄してそう言ったらしい。
賛否両論あるだろうが『フィギュアスケートは、芸術かスポーツか』相反する二つの要素を含んでいるからこそフィギュアは多くの人を魅了するのではないだろうか…
フィギュアスケーターにはアスリートタイプと芸術家タイプがいる。
アスリートタイプとは技術レベルが高い選手であり、芸術家タイプとはジャンプを飛ばなくとも観客を魅了する演技が出来る選手のことである。
どちらかのタイプの選手が、自分に欠けている資質を補い、精一杯鍛錬するのだ。
そして、両方の資質を兼ね備えた選手が稀に現れる。
良太は鳥肌が立って、目は画面に釘付けだった。
いま画面に写っているのはオーストリア代表、金メダリストに輝いたヨウコ・クリスティーネ・グルダだった。
何の変哲もないただの練習風景が流れていた。
30代後半と思われる美女が指導しており、その人物はヨウコのコーチ兼振付師らしい。
映像は彼女の生い立ちに移っていた。
ヨウコ・クリスティーネ・グルダ。
日本人とオーストリア人のハーフで幼い頃に両親が離婚し、祖母に育てられたが、祖母が死亡後は両親共に親権を放棄した為、施設に預けられるところだったが、その才能に惚れ込んだ現コーチ兼振付師のマリア・グルダの養女に迎え入れられたと言う話だった。
たおやかで美しく、どこか儚げで憂いのある演技をするヨウコは、天涯孤独となってしまった行き場のない幼少時の悲哀を感じさせた。
一瞬にして観客の心を掴む、演技力と表現力は脱帽であり、これが芸術家タイプの選手の強みでもある。
しかしそれに続く、切れのあるジャンプやスピンは、日本の佐藤と比べても遜色ない技術の高さを持っていた。
「ヨウコは幼い頃からバレエを習っていた。私は彼女の才能はたぐいまれな表現力だと思っている。元々高い運動神経を持っていた子だから、それに技術要素をプラスしてやれば、誰にも負けることはないでしょう」
コーチ兼振付師でもあり養母となったマリア・グルダのインタビューである。
続いてヨウコ本人のインタビューが始まった。
「母のマリアがいたから私は代表選手になることが出来たと思っているわ。元々ジャンプは得意じゃなかったけど、彼女の的確な指導のおかげで一段上の安定した滑りを得ることが出来たし、苦手なジャンプも克服できたわ」
これには驚きだった。
翔太は最初ヨウコの滑りを見て、彼女こそが両方の資質を兼ね備えた稀有な選手だと思ったのだ。
それが、訓練で培われた技術だったとは驚きだった。
同業者の翔太から見ても、鍛錬して得たレベルではないほど、完成されたジャンプの技術を持っていた。
最後はオリンピック本番の上位者の演技で締め括られていた。
キス&クライで得点が出た瞬間、感涙に咽び泣くヨウコを、隣に座って見守っていた母がやさしく抱きしめていた。
資料室を出た後クラブの練習を見学する予定だったが、早々に翔太は帰宅した。
自宅に戻った翔太は自室のPCの電源を入れ、しばらくネットで調べ物をしていた。
次の日の朝、翔太は母と父のそろった食卓で爆弾発言をかました。
夜更かししたと思われる、睡眠不足丸出しの寝ぼけ眼に寝癖頭を手櫛で整えながら…
「おれ、明日からオーストリアに行くから」
「あら、まあ…」
「遠征でもあるのか?競技会にはまだしばらく出られないんだろう?」
「いんや、大会とかじゃなくて、おれ、ちょっと師事したい人が出来たから、直接頼んでみようかな…ってね。ほら、誠意をみせれば向こうもその気になってくれる確率高いじゃん、はは」
「………」
「先方にはアポイントは取ったのか?まさか、いきあたりばったりの押しかけじゃないだろうな」
父の透は役所勤めの公務員なだけあって、常識的で面白みのない性格だったが、そのぶん母が多少ズレていた。
「いま連絡先わかんねぇし、後でインストラクター協会とかにあたってみるけどさ。そもそもおれ電話で会話できるほど英語わかんないじゃん」
「…だったら、誰か間に入って話つけてもらうとかだな…」
「めんどくせぇ…」
「だいたい明日って何だ?チケットだっていきなり取れるもんか」
「だいじょうブイ!もうネットでチケット予約したもんね」
「あんた、いまお金ないんでしょ?オーストリアなんて飛行機代かなりかかるわよ。ちょっと待ってなさい…」
いそいそと金の用意をしに隣室に向かう母に父は唖然としていた。
「あ、母ちゃん、だいじょぶだって。こないだのCMのギャラ入ったから、いまおれリッチなんだぜ」
うそである。
家族にはこれ以上負担をかけたくなかった。
余裕をかまして見せたが、実はいままでの競技会などで獲得した賞金やらを切り崩した、なけなしの貯金から今回の渡航費を当てることに決めていた。
正直言って、こんな無謀な計画を実行するのは馬鹿げている。
だが翔太はいま、オーストリアに行かなければならなかった。
これは勘としか言いようのないものだった。
あの古い一本のビデオテープを観た後に予感したのだ。
行って、ヨウコを育てたマリア・グルダに師事を仰ぐ。
行けば必ず何かが起こる。
いますぐにでも翔太は飛び立ちたい気持ちだった。
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顔馴染みのスタッフに挨拶したところ、いいところに来たとばかりに雑用を押し付けられた。
「いや〜、いいとこに来てくれたね、助かったよ〜、三階の資料室だから、よろしくね!」
そう言ってスタッフは、両手に持ってた手さげのついた紙袋を二つ翔太の前にどさりと差し出すと、どこかに消え去ってしまった。
紙袋の中にはスケートに関する資料が山ほど詰め込まれている。
つまり資料室から借りた資料を所定の場所に戻しとけと言う訳である。
曲がりなりにもオリンピック代表選手だった翔太に対するこの雑な扱い…かなり理不尽だったが、このままほっとくことも出来ないので、仕方なく雑用に取り掛かることにした。
スタッフはそんなつもりはなかったのだが、最近の己の置かれてる現状を再確認してしまい、ちょっと卑屈になってしまったのが本音である。
資料室に入ると翔太は、フイギュアスケート関連の資料が収められた書棚へ、紙袋の中身を地道に戻していく作業に取り掛かった。
残りわずかというところで、ラベルが擦り切れてる古いビデオテープが出てきた。
(これも同じ場所に戻してもいいのか?)
辺りを見回すと、映像コーナーがちゃんとあったのでコーナーへ行き、戻そうとしたが…
「フイギュアのビデオ…と、あれ、分類番号のとこが擦り切れててわかんねぇよ、これ。ま、いいか」
と、適当なスペースに置こうとしたが、棚の下にはしっかりと注意書が書かれている。
『閲覧済みの資料は元の場所にお戻し下さい』
(マジかよ〜)
もう一度ビデオテープのラベルに書かれたタイトルを見てみる。
『1992アルベールビル冬季オリンピックフィギュアスケート女子シングル』と書いてある。
「あ、日本人初の銀メダリストが出たやつじゃん、佐藤あけみ選手だよ。14年前って、おれまだ4つじゃん」
興味がむくむくと湧いてくる。
閲覧スペースには都合良く年代物のビデオ一体型のテレビが置いてある。
「ふふん」
いたずらな笑みを浮かべて翔太はいそいそと閲覧スペースに向かうと、ビデオデッキに持っていたビデオテープをセットして観始めた。
映像はメダリストのオリンピックまでの軌跡、中でも終始一貫して銀メダリストの佐藤に焦点を当てていた。
日々進化するスポーツの世界であるから、フィギュアスケートも昔に比べれば格段にレベルが高くなっている。
10年以上も前のしかも女子の演技で、翔太は次第に退屈になってきた。
だが日本の佐藤が出てきた途端、『これだよ!』と思ってしまった。
確かにこの時代の他の女子のスケーティングは、優雅な演技でスピードもジャンプも迫力がない、その中でずば抜けたスピードとジャンプ力を持った佐藤の演技は正にアスリートと呼ぶに相応しい。
『観客はゴム鞠が跳ねるのを見に来ているわけではないわ』
カルガリーの金メダリストは佐藤の演技を暗に揶揄してそう言ったらしい。
賛否両論あるだろうが『フィギュアスケートは、芸術かスポーツか』相反する二つの要素を含んでいるからこそフィギュアは多くの人を魅了するのではないだろうか…
フィギュアスケーターにはアスリートタイプと芸術家タイプがいる。
アスリートタイプとは技術レベルが高い選手であり、芸術家タイプとはジャンプを飛ばなくとも観客を魅了する演技が出来る選手のことである。
どちらかのタイプの選手が、自分に欠けている資質を補い、精一杯鍛錬するのだ。
そして、両方の資質を兼ね備えた選手が稀に現れる。
良太は鳥肌が立って、目は画面に釘付けだった。
いま画面に写っているのはオーストリア代表、金メダリストに輝いたヨウコ・クリスティーネ・グルダだった。
何の変哲もないただの練習風景が流れていた。
30代後半と思われる美女が指導しており、その人物はヨウコのコーチ兼振付師らしい。
映像は彼女の生い立ちに移っていた。
ヨウコ・クリスティーネ・グルダ。
日本人とオーストリア人のハーフで幼い頃に両親が離婚し、祖母に育てられたが、祖母が死亡後は両親共に親権を放棄した為、施設に預けられるところだったが、その才能に惚れ込んだ現コーチ兼振付師のマリア・グルダの養女に迎え入れられたと言う話だった。
たおやかで美しく、どこか儚げで憂いのある演技をするヨウコは、天涯孤独となってしまった行き場のない幼少時の悲哀を感じさせた。
一瞬にして観客の心を掴む、演技力と表現力は脱帽であり、これが芸術家タイプの選手の強みでもある。
しかしそれに続く、切れのあるジャンプやスピンは、日本の佐藤と比べても遜色ない技術の高さを持っていた。
「ヨウコは幼い頃からバレエを習っていた。私は彼女の才能はたぐいまれな表現力だと思っている。元々高い運動神経を持っていた子だから、それに技術要素をプラスしてやれば、誰にも負けることはないでしょう」
コーチ兼振付師でもあり養母となったマリア・グルダのインタビューである。
続いてヨウコ本人のインタビューが始まった。
「母のマリアがいたから私は代表選手になることが出来たと思っているわ。元々ジャンプは得意じゃなかったけど、彼女の的確な指導のおかげで一段上の安定した滑りを得ることが出来たし、苦手なジャンプも克服できたわ」
これには驚きだった。
翔太は最初ヨウコの滑りを見て、彼女こそが両方の資質を兼ね備えた稀有な選手だと思ったのだ。
それが、訓練で培われた技術だったとは驚きだった。
同業者の翔太から見ても、鍛錬して得たレベルではないほど、完成されたジャンプの技術を持っていた。
最後はオリンピック本番の上位者の演技で締め括られていた。
キス&クライで得点が出た瞬間、感涙に咽び泣くヨウコを、隣に座って見守っていた母がやさしく抱きしめていた。
資料室を出た後クラブの練習を見学する予定だったが、早々に翔太は帰宅した。
自宅に戻った翔太は自室のPCの電源を入れ、しばらくネットで調べ物をしていた。
次の日の朝、翔太は母と父のそろった食卓で爆弾発言をかました。
夜更かししたと思われる、睡眠不足丸出しの寝ぼけ眼に寝癖頭を手櫛で整えながら…
「おれ、明日からオーストリアに行くから」
「あら、まあ…」
「遠征でもあるのか?競技会にはまだしばらく出られないんだろう?」
「いんや、大会とかじゃなくて、おれ、ちょっと師事したい人が出来たから、直接頼んでみようかな…ってね。ほら、誠意をみせれば向こうもその気になってくれる確率高いじゃん、はは」
「………」
「先方にはアポイントは取ったのか?まさか、いきあたりばったりの押しかけじゃないだろうな」
父の透は役所勤めの公務員なだけあって、常識的で面白みのない性格だったが、そのぶん母が多少ズレていた。
「いま連絡先わかんねぇし、後でインストラクター協会とかにあたってみるけどさ。そもそもおれ電話で会話できるほど英語わかんないじゃん」
「…だったら、誰か間に入って話つけてもらうとかだな…」
「めんどくせぇ…」
「だいたい明日って何だ?チケットだっていきなり取れるもんか」
「だいじょうブイ!もうネットでチケット予約したもんね」
「あんた、いまお金ないんでしょ?オーストリアなんて飛行機代かなりかかるわよ。ちょっと待ってなさい…」
いそいそと金の用意をしに隣室に向かう母に父は唖然としていた。
「あ、母ちゃん、だいじょぶだって。こないだのCMのギャラ入ったから、いまおれリッチなんだぜ」
うそである。
家族にはこれ以上負担をかけたくなかった。
余裕をかまして見せたが、実はいままでの競技会などで獲得した賞金やらを切り崩した、なけなしの貯金から今回の渡航費を当てることに決めていた。
正直言って、こんな無謀な計画を実行するのは馬鹿げている。
だが翔太はいま、オーストリアに行かなければならなかった。
これは勘としか言いようのないものだった。
あの古い一本のビデオテープを観た後に予感したのだ。
行って、ヨウコを育てたマリア・グルダに師事を仰ぐ。
行けば必ず何かが起こる。
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2008.03.26 (Wed)
K&C Fly High 1
次の日慌しく家族に別れを告げ、成田から目的地ザルツブルグまで、乗り継ぎを入れずにおよそ12時間半のフライトである。
渡航期間はおよそ三週間を目処にしているが、どうなるかは現地に行って目的の人物に会うまではわからない。
父が指摘したようにかなり無茶苦茶ではあるが、遠征などで旅慣れてもいる上、元来フットワークの軽い翔太であるからこれくらいのことは何ほどのことでもない。
それよりも久しぶりの日常から抜け出せる機会に心が浮き立つばかりだ。
乗り継ぎ地のフランクフルトのライン・マイン空港で4時間の足止めをくらった以外は比較的順調なフライトだった。
だが長時間に及ぶフライトはさすがにこたえた。
翔太は長時間じっとしてるのがことのほか苦手だったので、客室乗務員がいなくなった隙に、席を立ってレストルームそばの空いたスペースや後方部の目立たない所へ移動し、なまった体をほぐしていた。
それ以外は外国人が日本人は乗り物に乗った途端すぐに眠りに就く…などと呆れられてるそのままに、後部座席の空席に移動すると、勝手に2座席分確保して横になって眠り込んでいた。
母の美佐子が出掛けに心配のあまり、やっぱり自分も同行しようかと申し出たが、翔太は断固として拒否した。
指導を頼みに行くのに母親と同伴では格好悪いし洒落にならない、一人では何も出来ない赤ちゃんと思われては師弟関係も結べないかも知れないではないか。
それ以上に翔太自身が人に管理されたり、干渉されるのが嫌いだった。
大概は放任主義の鷹森家であるが、さすがに初めての海外一人旅と言うことで心配だったのだが、息子に拒否されて美佐子は少しいじけたが、それでも最後に小遣いを押しつけて寄越した。
どうやら息子の強がりのうそなど、母はとうにお見通しだったらしい。
父は気を付けて行って来いなどと、当たり前のことを当たり前に言ったが、普通の常識を持った大人がそばに居てくれるのはありがたい。
翔太が本当に間違ったことをしてしまった時に、軌道修正してくれるのも実は父なのだから。
だが父はもうとっくに次男の破天荒さには半ば呆れてあきらめかけているのだが…
正直、世間様に顔向けが出来ないことをしでかした時の後始末くらいしか、己の役割はないと思っていたりする。
母にお兄ちゃんにも連絡しときなさいと言われて、それまですっかり忘れていた兄の翼に電話でおざなりに渡航の件を話した次第だった。
『お前ってばどこまでお騒がせな奴なんだよ。ま、大人しく連盟やマスコミの言い成りになってるよりは、お前らしくて良いんじゃないの。気の済むまであがいてみな』
呆れたように苦笑した後、翔太の決意に発破をかけてくれた。
流石にコーチの杉沼へはお伺いを立てるのに折り詰め持って持参したのだが、渡航の話をしたら快く了承してくれたばかりか、協会に問い合わせてマリア・グルダの正確な連絡先を教えてもらい、ついでにアポイントも取り付けて貰ったのだ。
至れり尽くせりで、戦々恐々とコーチの自宅にお邪魔したのがばかみたいな杞憂に終わった。
けして敵ばかりではない、自分を応援してくれる味方がここにもいる。
いくら感謝しても、し足りないくらいだった。
日本との時差は約8時間、入国手続きを済ませて空港から出るとすでにあたりは暗くなっていた。
空港からタクシーで予約済みのザルツブルグ市内にあるホテルにチェックインすると、その日は疲れて早めに眠った。
翌日地図を片手に、ザルツブルグ郊外にあるという、マリア・グルダの自宅に向かった。
外はまだかなり寒いので、防寒対策はしっかりしてきたし、トランクだと段差のあるところは逆に不便なので、今回カート付のバックパッカースタイルにした。
貴重品だけ持ってホテルに荷物を置いていくことも考えたが、予約したホテルのランクが心配だったため、安全策に持ち歩くことにしたのだ。
元々必要最小限の衣類しか持って来てないので、それほど嵩張らない。
だが、日本から持ってきたスケート靴を無くしたら、悔やんでも悔やみきれない、途方にくれて多分泣いてしまうだろう…
ザルツブルグはのどかで思ったよりも小さな街である。
元々オーストリアという国自体も、面積は日本の北海道ほどであるから日本以上に小国なのだ。
またオーストリアはクラシック音楽を中心に世界に誇る文化大国でもある。
だが中欧ヨーロッパのこの国は、周囲をスイス、イタリア、ハンガリー、ドイツなどに隣接し、目まぐるしい歴史の変転を辿ってきた国でもある。
そして今回訪れたザルツブルグはモーツァルトの生地として、また映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台や、また夏の音楽祭でも有名である。
もちろん街の景観や、郊外の風景など見所のつきない人気の観光地でもある。
時間があれば翔太も高台に見えるホーエンザルツブルク城をゆっくり観光したいものだが…
ホテルのフロントでも簡単に教えてもらったが、翔太のブロークンな英語プラスジェスチャーでしつこく懸命に聞いた結果、なんとか目的地行きのバスに乗り込むことが出来た。
ヨーロッパは伝統を重んじる頑固な土地柄のゆえか、あまり英語が伝わらないのが難点だった。
その辺もふまえてドイツ語入りの電子辞書も一応携帯してあるが、アジア人には冷たい人間も多く、呼び止めて電子辞書を出す前にうるさく追い払われるのが常である。
だがそんなことでめげるような翔太ではない。
トラブルさえも乗り越えて楽しむことや面白がることが旅の醍醐味でもある。
その点翔太は存分に今の状況を楽しんでいた。
他人に無条件で親切にしてもらうのを当然に思うようでは海外に出る資格はない。
郷に入っては郷に従えと言うことわざにもある通り、お国柄によっては自己主張してうるさいくらい助けを求めなければ誰も気にかけてはくれないのだ。
案外ジェスチャーだけでもあきらめなければ通じるものである。
バスの運転手にも前もってしつこく自分の降りる先を伝えてあったので、最初は迷惑顔だったが最後は呆れて苦笑交じりで目的地の停留所で降ろしてくれた。
のどかな田舎町、春になれば緑も色付いて美しい景色が望めるだろう。
可愛らしい如何にもヨーロッパ的な趣きのある家々が立ち並んでいる。
地図を取り出して住所を確認して10分ほど歩いたところで、その中の一軒家から年配の女性が出てきた。
「あんたがショウタかい?」
「……はい」
翔太は最初かなり訝しげな表情を浮かべていたらしい。
相手はそれを察して名乗った。
「日本のインストラクター協会から連絡をもらってある。あたしがマリアだよ」
これには翔太は内心の動揺を隠し切れなかった。
その心の内面はこうだ。
(このまるいおばさんが伝説の振付師…)
いや、伝説と言うのは翔太が勝手に付けた名詞なのだが…
「まあ、立ち話もなんだ、長旅で疲れただろ。家にお入りよ」
どたどたと巨体をゆすりながら先を行くマリアに促されて、翔太は大人しく従った。
とりあえず英語が通じて助かった…が、ビデオの美女の面影は微塵も感じられず、年月は無情なんだな…としみじみと思ってしまった翔太であった。
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渡航期間はおよそ三週間を目処にしているが、どうなるかは現地に行って目的の人物に会うまではわからない。
父が指摘したようにかなり無茶苦茶ではあるが、遠征などで旅慣れてもいる上、元来フットワークの軽い翔太であるからこれくらいのことは何ほどのことでもない。
それよりも久しぶりの日常から抜け出せる機会に心が浮き立つばかりだ。
乗り継ぎ地のフランクフルトのライン・マイン空港で4時間の足止めをくらった以外は比較的順調なフライトだった。
だが長時間に及ぶフライトはさすがにこたえた。
翔太は長時間じっとしてるのがことのほか苦手だったので、客室乗務員がいなくなった隙に、席を立ってレストルームそばの空いたスペースや後方部の目立たない所へ移動し、なまった体をほぐしていた。
それ以外は外国人が日本人は乗り物に乗った途端すぐに眠りに就く…などと呆れられてるそのままに、後部座席の空席に移動すると、勝手に2座席分確保して横になって眠り込んでいた。
母の美佐子が出掛けに心配のあまり、やっぱり自分も同行しようかと申し出たが、翔太は断固として拒否した。
指導を頼みに行くのに母親と同伴では格好悪いし洒落にならない、一人では何も出来ない赤ちゃんと思われては師弟関係も結べないかも知れないではないか。
それ以上に翔太自身が人に管理されたり、干渉されるのが嫌いだった。
大概は放任主義の鷹森家であるが、さすがに初めての海外一人旅と言うことで心配だったのだが、息子に拒否されて美佐子は少しいじけたが、それでも最後に小遣いを押しつけて寄越した。
どうやら息子の強がりのうそなど、母はとうにお見通しだったらしい。
父は気を付けて行って来いなどと、当たり前のことを当たり前に言ったが、普通の常識を持った大人がそばに居てくれるのはありがたい。
翔太が本当に間違ったことをしてしまった時に、軌道修正してくれるのも実は父なのだから。
だが父はもうとっくに次男の破天荒さには半ば呆れてあきらめかけているのだが…
正直、世間様に顔向けが出来ないことをしでかした時の後始末くらいしか、己の役割はないと思っていたりする。
母にお兄ちゃんにも連絡しときなさいと言われて、それまですっかり忘れていた兄の翼に電話でおざなりに渡航の件を話した次第だった。
『お前ってばどこまでお騒がせな奴なんだよ。ま、大人しく連盟やマスコミの言い成りになってるよりは、お前らしくて良いんじゃないの。気の済むまであがいてみな』
呆れたように苦笑した後、翔太の決意に発破をかけてくれた。
流石にコーチの杉沼へはお伺いを立てるのに折り詰め持って持参したのだが、渡航の話をしたら快く了承してくれたばかりか、協会に問い合わせてマリア・グルダの正確な連絡先を教えてもらい、ついでにアポイントも取り付けて貰ったのだ。
至れり尽くせりで、戦々恐々とコーチの自宅にお邪魔したのがばかみたいな杞憂に終わった。
けして敵ばかりではない、自分を応援してくれる味方がここにもいる。
いくら感謝しても、し足りないくらいだった。
日本との時差は約8時間、入国手続きを済ませて空港から出るとすでにあたりは暗くなっていた。
空港からタクシーで予約済みのザルツブルグ市内にあるホテルにチェックインすると、その日は疲れて早めに眠った。
翌日地図を片手に、ザルツブルグ郊外にあるという、マリア・グルダの自宅に向かった。
外はまだかなり寒いので、防寒対策はしっかりしてきたし、トランクだと段差のあるところは逆に不便なので、今回カート付のバックパッカースタイルにした。
貴重品だけ持ってホテルに荷物を置いていくことも考えたが、予約したホテルのランクが心配だったため、安全策に持ち歩くことにしたのだ。
元々必要最小限の衣類しか持って来てないので、それほど嵩張らない。
だが、日本から持ってきたスケート靴を無くしたら、悔やんでも悔やみきれない、途方にくれて多分泣いてしまうだろう…
ザルツブルグはのどかで思ったよりも小さな街である。
元々オーストリアという国自体も、面積は日本の北海道ほどであるから日本以上に小国なのだ。
またオーストリアはクラシック音楽を中心に世界に誇る文化大国でもある。
だが中欧ヨーロッパのこの国は、周囲をスイス、イタリア、ハンガリー、ドイツなどに隣接し、目まぐるしい歴史の変転を辿ってきた国でもある。
そして今回訪れたザルツブルグはモーツァルトの生地として、また映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台や、また夏の音楽祭でも有名である。
もちろん街の景観や、郊外の風景など見所のつきない人気の観光地でもある。
時間があれば翔太も高台に見えるホーエンザルツブルク城をゆっくり観光したいものだが…
ホテルのフロントでも簡単に教えてもらったが、翔太のブロークンな英語プラスジェスチャーでしつこく懸命に聞いた結果、なんとか目的地行きのバスに乗り込むことが出来た。
ヨーロッパは伝統を重んじる頑固な土地柄のゆえか、あまり英語が伝わらないのが難点だった。
その辺もふまえてドイツ語入りの電子辞書も一応携帯してあるが、アジア人には冷たい人間も多く、呼び止めて電子辞書を出す前にうるさく追い払われるのが常である。
だがそんなことでめげるような翔太ではない。
トラブルさえも乗り越えて楽しむことや面白がることが旅の醍醐味でもある。
その点翔太は存分に今の状況を楽しんでいた。
他人に無条件で親切にしてもらうのを当然に思うようでは海外に出る資格はない。
郷に入っては郷に従えと言うことわざにもある通り、お国柄によっては自己主張してうるさいくらい助けを求めなければ誰も気にかけてはくれないのだ。
案外ジェスチャーだけでもあきらめなければ通じるものである。
バスの運転手にも前もってしつこく自分の降りる先を伝えてあったので、最初は迷惑顔だったが最後は呆れて苦笑交じりで目的地の停留所で降ろしてくれた。
のどかな田舎町、春になれば緑も色付いて美しい景色が望めるだろう。
可愛らしい如何にもヨーロッパ的な趣きのある家々が立ち並んでいる。
地図を取り出して住所を確認して10分ほど歩いたところで、その中の一軒家から年配の女性が出てきた。
「あんたがショウタかい?」
「……はい」
翔太は最初かなり訝しげな表情を浮かべていたらしい。
相手はそれを察して名乗った。
「日本のインストラクター協会から連絡をもらってある。あたしがマリアだよ」
これには翔太は内心の動揺を隠し切れなかった。
その心の内面はこうだ。
(このまるいおばさんが伝説の振付師…)
いや、伝説と言うのは翔太が勝手に付けた名詞なのだが…
「まあ、立ち話もなんだ、長旅で疲れただろ。家にお入りよ」
どたどたと巨体をゆすりながら先を行くマリアに促されて、翔太は大人しく従った。
とりあえず英語が通じて助かった…が、ビデオの美女の面影は微塵も感じられず、年月は無情なんだな…としみじみと思ってしまった翔太であった。
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2008.04.01 (Tue)
K&C Fly High 2
リビングルームへと招き入れられた翔太は、室内のほど良い暖かさに人心地つく思いだった。
暖炉にはめ込む形の琺瑯引きのアンティークなストーブは、美しい意匠を凝らして室内で一際立っている。
その他にももう一つ、可愛らしい小型のストーブがリビングの客人に寒い思いをさせない為に中央に据えられていた。
年季の入った家具類はどれも大切に研きたてられ、あるじの几帳面で愛情あふれた性格を物語っていた。
(とてもそうはみえないけど…)
「外は冷えただろう。いま極上のハーブティーを入れてやるからソファにかけてまってな」
ぶっきらぼうな口調で翔太にソファに座るよう勧めると、マリアはサイドボードからティーカップのセットを取出し、続きの部屋に向かった。
たぶんダイニングだろうが、重たそうな体を揺すりながらどたばたと忙しなく動くさまに、フットワークは軽そうだけどさ…などと心の中で失礼極まりない感想を洩らしていた。
暖炉の上のマントルピースの上には、所狭しと数々の写真がフレームに収められて飾られている。
少し興味がわいてきたが翔太はあまり視力が良くない。
ソファの上からでは良く見えないので、マリアがまだしばらく来そうもないことを確認して、暖炉のそばに移動して目当ての写真をしげしげと眺めた。
写真の中にはまだ幼いヨウコがマリアと共に写っているものから、ヨウコの成長していくさまが他の何枚もの写真に映し出されていた。
それとともにマリアの体型の変化も克明に映し出されていたが…
どこだかの教会の前で一緒に写っている、花嫁姿の幸せそうなヨウコとマリアの満足そうな笑みを浮かべた写真が一際印象的だった。
そしてごく最近のものだと思われる一枚には、見知らぬまだ幼い少女と現在のマリアが写っていた。
マリアの入れてくれたハーブティーを一口啜り、あいにく普段ハーブティーなどという飲み物を飲みなれてなかった翔太は、それが極上な物なのかの判断はつきかねたが、口の中に残る爽やかな風味と体の芯から温まる飲み物は有難く素直にマリアに感謝した。
「で、あんた、あたしを雇いたいって話だろ?」
翔太の向かいのソファへ、ゆうに二人分のスペースを占領して腰掛けたマリアは、単刀直入に本題に入った。
「いや、雇うとかじゃなく、おれ、純粋にヨウコを育てたあなたに弟子入りしたいと言うか…」
居住まいを正してここが正念場だと、翔太はこのあいだ観たビデオの話をし始めた。
そしていまの自分の置かれた現状を、不慣れな英語で包み隠さず懸命に伝えた。
その間、マリアは口を差し挟まず、翔太の瞳を静かに見据えて聞いていた。
だが、彼女の中には人間の本質を暴く、嘘偽りを許さない厳しさをも内包していたので、翔太はそれとは気付かず威圧されていた。
全ての思いをマリアに話した後、翔太はのどの渇きを覚えてまた一口ハーブティーを啜った。
固唾を呑んで伺っている翔太をほったらかしにして、マリアは頬杖ついてしばし考え込んだ後、翔太に命じた。
「ふむ、ちょっと立ってごらん」
「はあ!?」
思わず問い返した翔太だったが、聞き間違いではないことをマリアの手の平を上に上げるジェスチャーで確認して、彼女の目が早くしろと促した。
こうなってはまな板の上の鯉である。
どうとでもしてくれという気持ちで翔太は従った。
翔太を立たせたマリアは上から下までひとしきり眺め回した後、自身もよっこらせと立ち上がり、テーブルを迂回して翔太の前に屈み込むと、そのむっちりと肉付きの良い手で、わしわしと翔太の体を掴み込んでいった。
これには翔太は大いに焦ったが、今更どうすることも出来ずに耐えるしかなかった。
「うわっ、わわ…」
特に下半身、腿の辺りは念入りに揉まれた。
「ふん、まだまだだね」
マリアは狼狽する翔太をよそに無情にもダメ出しして、さらに言い放つ。
「体重を支える下半身の筋力がまだ弱いから安定しないしミスが出る。いままで自己流でやってきたんだろうけど、フィギュアにはフィギュア用の理想的な筋力の付き方がある。あんたの場合、必要ない余分なとこにまで筋肉つけて、本来必要な部分の筋力が不足してる。これじゃあジャンプの時にミスして早晩怪我するのがオチだね」
その言葉に翔太は愕然となった。
いままでけして自己流でトレーニングしてきたつもりはないし、トレーナーの指示に従ってやってきたつもりだ。
それなのに、ほんのちょっと触診した程度で、この人は明確に断言した。
このおばさんはもしかするとほんとにすごい人なのかもしれない。
「基礎、基礎、基礎!まず下半身の筋力強化が最重要課題だね。だからって、あんたこの頃オーバーワーク気味だろ?筋肉疲労を起しかけてる。やればいいってもんじゃない、人体になるべく負担をかけない正しいトレーニングが必要なんだよ」
「…はあ」
翔太はマリアの指摘に意気消沈してがっくりとうなだれた。
「スケートってのは氷の上を拘束具で締め付けて滑る、人間にとっては甚だ無理のある不自然なスポーツなのさ。その上でフィギュアは飛んだり跳ねたりしなきゃならない、人体にとっておっそろしく負担のかかるものだ。その点はバレリーナのトゥシューズと一緒さね。あんた、彼女らの生足を見たことがあるかい?美しい彼女達の外見からは想像もできない、醜く変形したあざだらけの足だよ」
翔太は自分の足だってとても人に見せられるような美しい足ではないと思った。
いくらオーダーメイドで自分の足に合うように作らせても、慣れるまでは苦痛が伴うし慣れてからも生傷やアザだらけで見られたものではない。
それもまたフィギュアをやり続けてる限りの職業病だとあきらめている。
「結論から言わせて貰えばここまで来てもらって悪いけどね、あたしにはあんたを教えてやることは出来ないよ」
再びソファに腰を下ろすとマリアは断固とした口調で明確に翔太の指導を断った。
翔太はこの言葉にさらにがっくりとうなだれて、そのままソファに沈み込んだ。
遥々遠く日本からやって来たと言うのに、このまま手ぶらで帰らなくてはいけないのだろうか…
いや、まだあきらめるのは早い、劉備だって孔明を軍師に招くために三顧の礼をしたではないか!
翔太のうろ覚えに知っている『三国志』が史実の方ではなく、その後の羅貫中らの手によって書かれた荒唐無稽な『三国志演義』と呼ばれる創作であることはもちろん知らない。
何とか前言を撤回してもらえないだろうかと、翔太は目まぐるしく考えをめぐらせたが、その時誰かの気配を感じた。
はっとしてドアの方を振り向くと、ドアの隙間から10歳くらいのスラヴ系の美少女が翔太を見ながらクスクス笑っていた。
「バルバラ!そんなとこに隠れてないで、ちゃんとお客様にご挨拶なさい!」
バルバラと呼ばれた少女はマリアの叱責にピクンと小さく体を揺らした後、特に堪えた様子も見せず室内に入ってきて面白そうに翔太に向かって挨拶した。
「我が家へようこそ。私はバルバラ、よろしくね」
そう言ってニコッと微笑みながら小首をかしげる様子がとても愛らしい。
ドイツ語だったので先ほどのマリアの叱責もいまの挨拶も翔太にはわからなかったが、マリアが通訳してくれた。
「あたしの新しい娘のバルバラだよ」
「えっ!?」
そして翔太は先ほど見た写真に写っていた少女が、この子だと今更ながら思い至った。
どうみてもマリアとバルバラが本当の親子には見えない、ということはマリアはヨウコに続いてこの子を養女に迎えたのだ。
自分はちゃんと挨拶したのにこの風変わりな少年はあきらかに自分を無視してる!と思ったバルバラは途端にふくれっ面になりマリアに苦情を訴えた。
「マリア、この子私を無視してる!きらいよっ、変な顔!」
これには苦笑いを浮かべてマリアは我が子に、翔太が外国人だからドイツ語を話せないのだと説明した。
だがあきらかにバルバラは翔太がまだ自分よりも少し年上のローティーンだと思い込んでることにあえて訂正を入れなかったし、翔太にも知れば傷つくことなので伝えなかった。
「ふ〜ん」
マリアに説明されてバルバラは納得したが、こんどは悪戯っぽい笑みを浮かべて翔太を興味深そうに見つめている。
とりあえず挨拶ぐらいは仕込んできたドイツ語でバルバラに話しかけてみた。
「こんにちは、私の名前は鷹森翔太と言います」
直訳するとこのようなばか丁寧な言葉だったので、バルバラは噴出した。
「あんたって面白い!ショウタ・タカモ?へんな名前〜!」
すっかり機嫌を直したバルバラは翔太の隣にチョコンと腰掛けると、ドイツ語でどこから来たのか、いつまでいるのか、どうしてうちに来たのかなどど、まくし立てて翔太を質問攻めにするのだが、その都度バルバラはマリアに質問の答えを聞き出すので、豪傑のマリアですらも手を焼いてるらしく、仕舞いにはため息を洩らして叱責し、娘の口を閉じさせた。
こちらの人間はかなり自己主張が激しい。
なかでもドイツなどは、幼児のうちから自己を確立するような教育を施されるから、ドイツ語圏のこの国も例外ではない。
この位の年齢になれば大人顔負けの口調で正論を吐くのだ。
翔太もとても大人しいタイプとは言えないので、日本では多少周囲から浮いた存在だったが、ヨーロッパやアメリカに来ると自分はまだまだだと思い知らされる。
この少女も見た目の愛くるしさは別にして、まるで口から生まれてきたような小生意気な子供であるらしかった。
「まったく、この子のおかげで話が途中になっちまったね。だけど、ちょうどいい、あんたの指導を断ったのは何もあんたに不満があるからじゃない。この子がいるからだよ。いまのあたしにはこの子を置いて、あんたの指導に専念するだけの余裕がない。あんたの話を聞くと振り付けだけを頼みに来た訳じゃないんだろう?片手間ぐらいなら引き受けられるが、それはあんたの求めてる指導者じゃないからね」
この話を聞いてしまっては、翔太も断念せざるを得なかった。
がっくりと肩を落とした翔太は見るからに意気消沈していた。
落ち込んだ翔太にマリアは次の瞬間、驚く一言を告げた。
「そんなに切羽詰ってんなら、あたしの秘蔵っ子を紹介してあげるよ」
翔太は、再びマリアを信じられないもののように見つめた。
マリアは人の悪い笑みを浮かべていた。
この時の翔太は知る由もなかったが、彼女には勇ましい逸話がある。
3年前のことである。
フィギュアスケートの発展に尽力し、貢献したと認められる者に授与される章がある。
世界フィギュアスケート殿堂の選考委員が彼女に殿堂入りの知らせを伝えた際、マリアはそれに対しこう批判して辞退した。
『あたしよりも栄誉を受け取るに相応しい人物が他にいる。それとも何かい、お宅らは人種で殿堂入りを決めるのかい?ろくに選手を育て上げてない北米の指導者やメダリストには大盤振る舞いするくせに、北米以外の長年フィギュアスケート界に貢献してきた偉大な人物や選手には出し惜しみしてる。まったくお笑い草だね!あたしはそんなご大層なもんを頂くのは願い下げだよ』
そう言い放ち、一言の元に切って捨てたと言う。
ありがたがって感謝されるとばかり思っていた高飛車な選定委員は、当てがはずれて電話口の前であんぐりと口を空いたまま、しばし呆然自失状態だったらしい。
実は世界フィギュアスケート殿堂の管理を行っている『世界フィギュアスケート博物館と栄誉の殿堂』は、アメリカフィギュアスケート協会と同じ建物内にあり、同時にアメリカフィギュアスケート殿堂の選考も行っているため、一部では北米のための世界フィギュアスケート殿堂などど批判されている。
そこをマリアが痛切に皮肉った訳である。
ともあれ、マリアの瞳の奥にはきらりと光る鋭い才知が浮かんでいた。
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暖炉にはめ込む形の琺瑯引きのアンティークなストーブは、美しい意匠を凝らして室内で一際立っている。
その他にももう一つ、可愛らしい小型のストーブがリビングの客人に寒い思いをさせない為に中央に据えられていた。
年季の入った家具類はどれも大切に研きたてられ、あるじの几帳面で愛情あふれた性格を物語っていた。
(とてもそうはみえないけど…)
「外は冷えただろう。いま極上のハーブティーを入れてやるからソファにかけてまってな」
ぶっきらぼうな口調で翔太にソファに座るよう勧めると、マリアはサイドボードからティーカップのセットを取出し、続きの部屋に向かった。
たぶんダイニングだろうが、重たそうな体を揺すりながらどたばたと忙しなく動くさまに、フットワークは軽そうだけどさ…などと心の中で失礼極まりない感想を洩らしていた。
暖炉の上のマントルピースの上には、所狭しと数々の写真がフレームに収められて飾られている。
少し興味がわいてきたが翔太はあまり視力が良くない。
ソファの上からでは良く見えないので、マリアがまだしばらく来そうもないことを確認して、暖炉のそばに移動して目当ての写真をしげしげと眺めた。
写真の中にはまだ幼いヨウコがマリアと共に写っているものから、ヨウコの成長していくさまが他の何枚もの写真に映し出されていた。
それとともにマリアの体型の変化も克明に映し出されていたが…
どこだかの教会の前で一緒に写っている、花嫁姿の幸せそうなヨウコとマリアの満足そうな笑みを浮かべた写真が一際印象的だった。
そしてごく最近のものだと思われる一枚には、見知らぬまだ幼い少女と現在のマリアが写っていた。
マリアの入れてくれたハーブティーを一口啜り、あいにく普段ハーブティーなどという飲み物を飲みなれてなかった翔太は、それが極上な物なのかの判断はつきかねたが、口の中に残る爽やかな風味と体の芯から温まる飲み物は有難く素直にマリアに感謝した。
「で、あんた、あたしを雇いたいって話だろ?」
翔太の向かいのソファへ、ゆうに二人分のスペースを占領して腰掛けたマリアは、単刀直入に本題に入った。
「いや、雇うとかじゃなく、おれ、純粋にヨウコを育てたあなたに弟子入りしたいと言うか…」
居住まいを正してここが正念場だと、翔太はこのあいだ観たビデオの話をし始めた。
そしていまの自分の置かれた現状を、不慣れな英語で包み隠さず懸命に伝えた。
その間、マリアは口を差し挟まず、翔太の瞳を静かに見据えて聞いていた。
だが、彼女の中には人間の本質を暴く、嘘偽りを許さない厳しさをも内包していたので、翔太はそれとは気付かず威圧されていた。
全ての思いをマリアに話した後、翔太はのどの渇きを覚えてまた一口ハーブティーを啜った。
固唾を呑んで伺っている翔太をほったらかしにして、マリアは頬杖ついてしばし考え込んだ後、翔太に命じた。
「ふむ、ちょっと立ってごらん」
「はあ!?」
思わず問い返した翔太だったが、聞き間違いではないことをマリアの手の平を上に上げるジェスチャーで確認して、彼女の目が早くしろと促した。
こうなってはまな板の上の鯉である。
どうとでもしてくれという気持ちで翔太は従った。
翔太を立たせたマリアは上から下までひとしきり眺め回した後、自身もよっこらせと立ち上がり、テーブルを迂回して翔太の前に屈み込むと、そのむっちりと肉付きの良い手で、わしわしと翔太の体を掴み込んでいった。
これには翔太は大いに焦ったが、今更どうすることも出来ずに耐えるしかなかった。
「うわっ、わわ…」
特に下半身、腿の辺りは念入りに揉まれた。
「ふん、まだまだだね」
マリアは狼狽する翔太をよそに無情にもダメ出しして、さらに言い放つ。
「体重を支える下半身の筋力がまだ弱いから安定しないしミスが出る。いままで自己流でやってきたんだろうけど、フィギュアにはフィギュア用の理想的な筋力の付き方がある。あんたの場合、必要ない余分なとこにまで筋肉つけて、本来必要な部分の筋力が不足してる。これじゃあジャンプの時にミスして早晩怪我するのがオチだね」
その言葉に翔太は愕然となった。
いままでけして自己流でトレーニングしてきたつもりはないし、トレーナーの指示に従ってやってきたつもりだ。
それなのに、ほんのちょっと触診した程度で、この人は明確に断言した。
このおばさんはもしかするとほんとにすごい人なのかもしれない。
「基礎、基礎、基礎!まず下半身の筋力強化が最重要課題だね。だからって、あんたこの頃オーバーワーク気味だろ?筋肉疲労を起しかけてる。やればいいってもんじゃない、人体になるべく負担をかけない正しいトレーニングが必要なんだよ」
「…はあ」
翔太はマリアの指摘に意気消沈してがっくりとうなだれた。
「スケートってのは氷の上を拘束具で締め付けて滑る、人間にとっては甚だ無理のある不自然なスポーツなのさ。その上でフィギュアは飛んだり跳ねたりしなきゃならない、人体にとっておっそろしく負担のかかるものだ。その点はバレリーナのトゥシューズと一緒さね。あんた、彼女らの生足を見たことがあるかい?美しい彼女達の外見からは想像もできない、醜く変形したあざだらけの足だよ」
翔太は自分の足だってとても人に見せられるような美しい足ではないと思った。
いくらオーダーメイドで自分の足に合うように作らせても、慣れるまでは苦痛が伴うし慣れてからも生傷やアザだらけで見られたものではない。
それもまたフィギュアをやり続けてる限りの職業病だとあきらめている。
「結論から言わせて貰えばここまで来てもらって悪いけどね、あたしにはあんたを教えてやることは出来ないよ」
再びソファに腰を下ろすとマリアは断固とした口調で明確に翔太の指導を断った。
翔太はこの言葉にさらにがっくりとうなだれて、そのままソファに沈み込んだ。
遥々遠く日本からやって来たと言うのに、このまま手ぶらで帰らなくてはいけないのだろうか…
いや、まだあきらめるのは早い、劉備だって孔明を軍師に招くために三顧の礼をしたではないか!
翔太のうろ覚えに知っている『三国志』が史実の方ではなく、その後の羅貫中らの手によって書かれた荒唐無稽な『三国志演義』と呼ばれる創作であることはもちろん知らない。
何とか前言を撤回してもらえないだろうかと、翔太は目まぐるしく考えをめぐらせたが、その時誰かの気配を感じた。
はっとしてドアの方を振り向くと、ドアの隙間から10歳くらいのスラヴ系の美少女が翔太を見ながらクスクス笑っていた。
「バルバラ!そんなとこに隠れてないで、ちゃんとお客様にご挨拶なさい!」
バルバラと呼ばれた少女はマリアの叱責にピクンと小さく体を揺らした後、特に堪えた様子も見せず室内に入ってきて面白そうに翔太に向かって挨拶した。
「我が家へようこそ。私はバルバラ、よろしくね」
そう言ってニコッと微笑みながら小首をかしげる様子がとても愛らしい。
ドイツ語だったので先ほどのマリアの叱責もいまの挨拶も翔太にはわからなかったが、マリアが通訳してくれた。
「あたしの新しい娘のバルバラだよ」
「えっ!?」
そして翔太は先ほど見た写真に写っていた少女が、この子だと今更ながら思い至った。
どうみてもマリアとバルバラが本当の親子には見えない、ということはマリアはヨウコに続いてこの子を養女に迎えたのだ。
自分はちゃんと挨拶したのにこの風変わりな少年はあきらかに自分を無視してる!と思ったバルバラは途端にふくれっ面になりマリアに苦情を訴えた。
「マリア、この子私を無視してる!きらいよっ、変な顔!」
これには苦笑いを浮かべてマリアは我が子に、翔太が外国人だからドイツ語を話せないのだと説明した。
だがあきらかにバルバラは翔太がまだ自分よりも少し年上のローティーンだと思い込んでることにあえて訂正を入れなかったし、翔太にも知れば傷つくことなので伝えなかった。
「ふ〜ん」
マリアに説明されてバルバラは納得したが、こんどは悪戯っぽい笑みを浮かべて翔太を興味深そうに見つめている。
とりあえず挨拶ぐらいは仕込んできたドイツ語でバルバラに話しかけてみた。
「こんにちは、私の名前は鷹森翔太と言います」
直訳するとこのようなばか丁寧な言葉だったので、バルバラは噴出した。
「あんたって面白い!ショウタ・タカモ?へんな名前〜!」
すっかり機嫌を直したバルバラは翔太の隣にチョコンと腰掛けると、ドイツ語でどこから来たのか、いつまでいるのか、どうしてうちに来たのかなどど、まくし立てて翔太を質問攻めにするのだが、その都度バルバラはマリアに質問の答えを聞き出すので、豪傑のマリアですらも手を焼いてるらしく、仕舞いにはため息を洩らして叱責し、娘の口を閉じさせた。
こちらの人間はかなり自己主張が激しい。
なかでもドイツなどは、幼児のうちから自己を確立するような教育を施されるから、ドイツ語圏のこの国も例外ではない。
この位の年齢になれば大人顔負けの口調で正論を吐くのだ。
翔太もとても大人しいタイプとは言えないので、日本では多少周囲から浮いた存在だったが、ヨーロッパやアメリカに来ると自分はまだまだだと思い知らされる。
この少女も見た目の愛くるしさは別にして、まるで口から生まれてきたような小生意気な子供であるらしかった。
「まったく、この子のおかげで話が途中になっちまったね。だけど、ちょうどいい、あんたの指導を断ったのは何もあんたに不満があるからじゃない。この子がいるからだよ。いまのあたしにはこの子を置いて、あんたの指導に専念するだけの余裕がない。あんたの話を聞くと振り付けだけを頼みに来た訳じゃないんだろう?片手間ぐらいなら引き受けられるが、それはあんたの求めてる指導者じゃないからね」
この話を聞いてしまっては、翔太も断念せざるを得なかった。
がっくりと肩を落とした翔太は見るからに意気消沈していた。
落ち込んだ翔太にマリアは次の瞬間、驚く一言を告げた。
「そんなに切羽詰ってんなら、あたしの秘蔵っ子を紹介してあげるよ」
翔太は、再びマリアを信じられないもののように見つめた。
マリアは人の悪い笑みを浮かべていた。
この時の翔太は知る由もなかったが、彼女には勇ましい逸話がある。
3年前のことである。
フィギュアスケートの発展に尽力し、貢献したと認められる者に授与される章がある。
世界フィギュアスケート殿堂の選考委員が彼女に殿堂入りの知らせを伝えた際、マリアはそれに対しこう批判して辞退した。
『あたしよりも栄誉を受け取るに相応しい人物が他にいる。それとも何かい、お宅らは人種で殿堂入りを決めるのかい?ろくに選手を育て上げてない北米の指導者やメダリストには大盤振る舞いするくせに、北米以外の長年フィギュアスケート界に貢献してきた偉大な人物や選手には出し惜しみしてる。まったくお笑い草だね!あたしはそんなご大層なもんを頂くのは願い下げだよ』
そう言い放ち、一言の元に切って捨てたと言う。
ありがたがって感謝されるとばかり思っていた高飛車な選定委員は、当てがはずれて電話口の前であんぐりと口を空いたまま、しばし呆然自失状態だったらしい。
実は世界フィギュアスケート殿堂の管理を行っている『世界フィギュアスケート博物館と栄誉の殿堂』は、アメリカフィギュアスケート協会と同じ建物内にあり、同時にアメリカフィギュアスケート殿堂の選考も行っているため、一部では北米のための世界フィギュアスケート殿堂などど批判されている。
そこをマリアが痛切に皮肉った訳である。
ともあれ、マリアの瞳の奥にはきらりと光る鋭い才知が浮かんでいた。
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