2008.02.07 (Thu)
ファミリー 6
だがほどもなく、ミドルスクールでそれを知ることとなったのだった。
クラスを移動してる途中、談話スペースの奥の方で、カリキュラム・カウンセラーのミス・ブリーに捕まってるクリスを見かけてしまった。
「大学へ進学しないって、本気で言ってるの?あなたの成績なら、アイビーリーグへの入学だって可能だわ!」
その瞬間、おれには見せたことのない歪んだ笑みを貼りつけて、クリスは吐き捨てるように言った。
「それこそ、ぼくには無縁ですね。私立大学に通えるような余裕はありませんから」
「あなたの家庭の事情は、おおむね前任のフォックス先生から伺っているわ。でもこのままレベルの低い教育を受け続けていても、あなたのためにはならないわよ。私はそれをとても残念に思うの。とにかくいまのご家族と、あなたの将来のことについて話し合ってみることを勧めるわ、もし、あなたから話しづらいのなら私の方から…」
「余計な真似はしないでください!!」
びっくりした…
クリスが声を荒げて怒鳴るなんてこと、はじめてのことだったから。
それきりクリスは、ミス・ブリーの前から立ち去ってしまった。
それ以上に驚いたこと…
アイビーリーグといやぁ、北米が誇る私立の名門大学ハーバードやイェールだよな、エレメンタリースクールでもアカデミッククラスにいやがったから、それなりにできるやつだとは思ってたけど…
考え込んでるうちに、ミス・ブリーに立ち聞きを見つかっちまった。
「あなた、確かクリスのシスターよね?」
「あっはい…」
「まったく、どうなってるの?」
ミス・ブリーはクリスの立ち去った方を、しきりに気にかけながら先を続けた。
「いまのままでも、ミドルスクールを卒業後、スキップして大学に進学する学力は十分に持っているけれど、それだと体格差もあるから人間関係もうまく築けないかもしれないでしょう。それで優秀な子を受け入れるハイスクールを、何校かピックアップしてあげたのよ。その中のハイスクールに通ったらどうかしらって進言して、先週まではあの子もそのつもりだったのよ、それが突然サンアントニオのハイスクールに入学する、大学へはいかない、なんて言い出すのよ!」
唖然とした……
「あなたのお父さまが進学に反対なさってるの?失礼だけど彼個人の資産管理はお父さまがなさってるのよねぇ…」
ミス・ブリーの態度は、露骨におれ達親子が、クリスの財産までがめてるんじゃないのかって、不信の眼差しでいっぱいだ。
クリスがこの女にムカついた気持ちがよく分かったので、おれもこの場から立ち去ることにした。
それよりも、クリスの進学問題だ。
『先週まではあの子もそのつもりだったのよ…』
先週までは…
『ぼくも手伝うよ!』
『ぼくの夢?……いや、そんなの考えたこともなかったから。だから、いま決めたんだ。ぼくの夢はJPの夢だ!!』
あんにゃろぉ…
その瞬間、おれの頭の中でパズルのピースがうまくはまった気がした。
思えば、あの日以来、クリスは不自然なほど明るかった。
痛々しいくらいで、逆に息がつまった。
クリスの神経がポッキリと折れたその先には、どんな魔物が出でくるのかと、こわくて見ない振りをしてたんだ。
なあ、クリス、お前が無理してたらおれ達だって、辛くて悲しいんだよ。
授業を終えて、結局考えがまとまらないまま帰宅すると、クリスは一本前のスクールバスで帰ってきてたらしく、農作業用に着替えて、牧場に出る支度をしてたとこだった。
「おかえりJP!ぼくの方が早かったね」
朗らかに笑みを浮かべるクリス。
このおれが無い頭を絞って、どうやって話を切り出していこうか悩んでる時に、当の本人が内面はどうであれ、ヘラヘラ笑ってるのを見ると、無性にムカついてきた。
いいさ、ボーイ…そっちがその気なら、こっちだって出たとこ勝負だ!
「話があるんだ、リビングルームまできてくれ」
おれは返事も待たずに奴を置き去りにして、さっさと居間に向った。
キッチンから顔を出したルピータが陽気に出迎えてくる。
「JP、今日のディナーはチキンフライに、チリ・コン・カルネだよ!楽しみにしといで」
そう言い残すと、鼻歌まじりに自分の城に引っ込んでった。
リビングのソファーに腰を下ろすと、おとなしくついてきたクリスが、テーブルをはさんで向かいに置いてある、年代物の椅子を引っぱってきて、おれの斜め前に陣取った。
「話ってなに?」
テーブルに肘をついて、無邪気におれを見つめるクリス。
だが、おれはいまからお前の心の内を暴く。
「お前、進路のことで、おれに話しとくことがあるはずだろ?」
クリスはその瞬間あきらかに動揺したが、すぐに押し隠してシラをきった。
「何のこと?それより、もう仕事に行かなくちゃ…」
立ち上がって逃げようとしやがったので、おれはクリスの腕をつかんで、引き止めた。
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クラスを移動してる途中、談話スペースの奥の方で、カリキュラム・カウンセラーのミス・ブリーに捕まってるクリスを見かけてしまった。
「大学へ進学しないって、本気で言ってるの?あなたの成績なら、アイビーリーグへの入学だって可能だわ!」
その瞬間、おれには見せたことのない歪んだ笑みを貼りつけて、クリスは吐き捨てるように言った。
「それこそ、ぼくには無縁ですね。私立大学に通えるような余裕はありませんから」
「あなたの家庭の事情は、おおむね前任のフォックス先生から伺っているわ。でもこのままレベルの低い教育を受け続けていても、あなたのためにはならないわよ。私はそれをとても残念に思うの。とにかくいまのご家族と、あなたの将来のことについて話し合ってみることを勧めるわ、もし、あなたから話しづらいのなら私の方から…」
「余計な真似はしないでください!!」
びっくりした…
クリスが声を荒げて怒鳴るなんてこと、はじめてのことだったから。
それきりクリスは、ミス・ブリーの前から立ち去ってしまった。
それ以上に驚いたこと…
アイビーリーグといやぁ、北米が誇る私立の名門大学ハーバードやイェールだよな、エレメンタリースクールでもアカデミッククラスにいやがったから、それなりにできるやつだとは思ってたけど…
考え込んでるうちに、ミス・ブリーに立ち聞きを見つかっちまった。
「あなた、確かクリスのシスターよね?」
「あっはい…」
「まったく、どうなってるの?」
ミス・ブリーはクリスの立ち去った方を、しきりに気にかけながら先を続けた。
「いまのままでも、ミドルスクールを卒業後、スキップして大学に進学する学力は十分に持っているけれど、それだと体格差もあるから人間関係もうまく築けないかもしれないでしょう。それで優秀な子を受け入れるハイスクールを、何校かピックアップしてあげたのよ。その中のハイスクールに通ったらどうかしらって進言して、先週まではあの子もそのつもりだったのよ、それが突然サンアントニオのハイスクールに入学する、大学へはいかない、なんて言い出すのよ!」
唖然とした……
「あなたのお父さまが進学に反対なさってるの?失礼だけど彼個人の資産管理はお父さまがなさってるのよねぇ…」
ミス・ブリーの態度は、露骨におれ達親子が、クリスの財産までがめてるんじゃないのかって、不信の眼差しでいっぱいだ。
クリスがこの女にムカついた気持ちがよく分かったので、おれもこの場から立ち去ることにした。
それよりも、クリスの進学問題だ。
『先週まではあの子もそのつもりだったのよ…』
先週までは…
『ぼくも手伝うよ!』
『ぼくの夢?……いや、そんなの考えたこともなかったから。だから、いま決めたんだ。ぼくの夢はJPの夢だ!!』
あんにゃろぉ…
その瞬間、おれの頭の中でパズルのピースがうまくはまった気がした。
思えば、あの日以来、クリスは不自然なほど明るかった。
痛々しいくらいで、逆に息がつまった。
クリスの神経がポッキリと折れたその先には、どんな魔物が出でくるのかと、こわくて見ない振りをしてたんだ。
なあ、クリス、お前が無理してたらおれ達だって、辛くて悲しいんだよ。
授業を終えて、結局考えがまとまらないまま帰宅すると、クリスは一本前のスクールバスで帰ってきてたらしく、農作業用に着替えて、牧場に出る支度をしてたとこだった。
「おかえりJP!ぼくの方が早かったね」
朗らかに笑みを浮かべるクリス。
このおれが無い頭を絞って、どうやって話を切り出していこうか悩んでる時に、当の本人が内面はどうであれ、ヘラヘラ笑ってるのを見ると、無性にムカついてきた。
いいさ、ボーイ…そっちがその気なら、こっちだって出たとこ勝負だ!
「話があるんだ、リビングルームまできてくれ」
おれは返事も待たずに奴を置き去りにして、さっさと居間に向った。
キッチンから顔を出したルピータが陽気に出迎えてくる。
「JP、今日のディナーはチキンフライに、チリ・コン・カルネだよ!楽しみにしといで」
そう言い残すと、鼻歌まじりに自分の城に引っ込んでった。
リビングのソファーに腰を下ろすと、おとなしくついてきたクリスが、テーブルをはさんで向かいに置いてある、年代物の椅子を引っぱってきて、おれの斜め前に陣取った。
「話ってなに?」
テーブルに肘をついて、無邪気におれを見つめるクリス。
だが、おれはいまからお前の心の内を暴く。
「お前、進路のことで、おれに話しとくことがあるはずだろ?」
クリスはその瞬間あきらかに動揺したが、すぐに押し隠してシラをきった。
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2008.02.08 (Fri)
ファミリー 最終話
「お前ら、何やってんだぁ?」
間の悪いことに、親父がリビングに入ってきやがった。
ああ、もう、どうとでもなれ!
「いいから、座っとけよ!」
口をへの字に曲げて、クリスはあきらめた。
「ミス・ブリーから話を聞いた」
「あの、女ギツネ…」
クリスの口から汚い言葉が飛び出たが、いまは聞かなかったことにしておこう。
「何で急に進路を変えた?おれが牧場を継ぐって言って、お前がおれの仕事を手伝うって、言い出したからだろ?」
予想外の展開に、事の成り行きを見守ることにしたらしい親父は、おれの座ってるソファーの空きスペースに腰を下ろして腕を組んだ。
「ミス・ブリーがあんまりしつこかったから、からかっただけだよ。初めから大学にいくつもりなんかなかった。やだな、JPもおじさんも、深刻な顔しないでよ」
「これ以上、嘘つくなよ!何年一緒に暮らしてると思ってんだ?もう、お前の顔見りゃ、それが本心から言ってることかどうか位、おれ達はわかってるぜ、あんまり人をなめんなってぇ〜の!」
思わず、テーブルを殴っちまった…いてぇな!
「やりたいことあるんだろ…?」
できるだけ気を静めて、クリスに問いかけた。
徐々にクリスの様子が変わってきて、その顔色は蒼白で小刻みに震えてる。
もう下手な演技もできないらしい。
「おれ、お前がこの家に来て、だんだん、笑うようになったのがうれしかった。だんだん、図太くなって、おれに失礼な態度をとるようになったのだって、ほんとの家族になったんだなって思うと、すげーうれしかった」
見ると、クリスは俯いて泣いてた。
「なんで、自分のやりたいこと、しようとしないんだ?」
「クリス」
ずっと腕を組んで黙っていた親父が、初めて口を挟んだ。
そして、クリスにやさしく語りかけた。
「ああ、お前もやりたいことをするがいい。大学だって行きたければ行けばいい。学費の心配なら無用だよ。二人とも私の大切な子供達だ」
「ぼ、ぼくは、大学なんて、行きたくないよ。ぼくだってアンダーソン家の一員なんだから、みんなのそばにずっと居たいんだ。JPの夢を二人で叶えたいんだ…」
ったく、こいつは、まだこんなこと言ってやがる…
「おれの夢はなぁ、お前が無理してお手伝いして下さるような、いい加減な夢じゃ、ねぇーんだよっ!!」
「……無理なんか」
「そうだぞ、クリス。お前がJPに合わせることはない。お前には、お前の道があるんだから。それに、たとえ別々に暮らそうとも、私達はもう家族なんだから。なあ、本当の家族ってのは、そのようなものじゃないかな」
親父、さすがはアンダーソン家の家長だぜ…
「お前の夢を私達にも遠慮なく話して欲しい。みんなで話し合って、私達にできる最大限のことをしてあげたいんだよ。それが出来なくて、何のための家族かね?」
「おじさん…」
そして、クリスは鼻の頭を真っ赤にして、話し始めた。
「だって、…だってぼくは、事業に失敗しておかしくなっちゃったパパが、ママとまだ小さかった妹のフィービーを道連れに拳銃自殺して…ぼく一人だけ生き残ってしまったんだ…JPは何も聞かなかったけど…そんなイカれた、人殺しの息子なんだよ」
「……クリス」
初めて聞いたクリスの過去は、やっばり悲しいものだった…
「NYのソーシャルワーカーは、ぼくの将来を考えて、パパの起こした事件の知らない、遠い州に行くことを進めてくれた。それで、ママの遠縁に当たる、このアンダーソン家に引き取られることになったんだ。そして、ここの人たちはみんな、ほんとにあたたかくぼくを迎え入れてくれたんだ。まるで、昔からぼくがいるように接してくれた。ぼくがどんなにJPやおじさん、ルピータや牧場のみんなに感謝してるかわかる?牧場の経営がどんなに大変か、わかってるつもりだよ。おじさんだって、本当はやりたくなかった新規事業をしなくちゃならないくらい大変なんだ。JPだって、この家を守ってアンダーソン牧場を引き継ぐって言う、とても立派な夢をもってる。ぼくだって、お世話になったアンダーソン家のために何かしたかったんだ…それなのに、こんなに良くしてもらって、ぼくだけ勝手なわがまま通して迷惑かけたくないんだ!」
あんれまあ…という感じだ。
「おれ、立派なんかじゃないぜ。別に犠牲的精神でこの牧場を継ぎたいって言ってる訳じゃないもん。はっきり言って、親父のことなんか考えてないし、おれが勝手に後を継ぎたいって言ってるだけだから、親父にお前には任せられんって言われるかもだしさ。おれの夢がたまたま、この牧場を継ぎたいってだけのことだろ?」
クリスの奴はおれの言葉に、驚きの表情を浮かべて、しばらく後、脱力した。
「はは、そうか…」
「うん…」
それから肝心なことを言い忘れてた。
「つーか、おれだって経営学、学びたいし、ゆくゆくは奨学金もらってサンアントニオの大学にいくつもりだけど」
「えっ!?」
「…あんだよ」
「JP…それ、マジで言ってんの?」
「なんだよ、悪いかよ」
「いまの君の成績じゃ、奨学金くれる大学は軍隊くらいしかないと思うよ」
いつものクリスの調子がもどってきたみたいだから、おれへの失礼な態度は水に流すことにしよう…
「お前も好きなことしろよ」
「…うん、でもぼくには本当に、JPみたいな明確な夢は無いんだ。…ただ、もっともっと学びたいし、知りたいんだ」
クリスの褐色の瞳が、いまではない遠い未来を思い浮かべていた。
「そっか…」
「なるほど…知りたい…か。大いに結構じゃないかね」
親父が目尻のシワを深くして満足そうに頷いた。
「…おじさん」
「クリス、もう、いいだろう?呼んでくれないかな…私達をお前のニ番目のファミリーとして、認めてもらえんかね?」
クリスは涙ぐみながら、この日最高の笑顔で答えた。
「はい、パパ」
そして親父にハグしてもらった。
それを横目に、やっぱり笑ってるおれ…
キッチンの方からは食欲を掻き立てる、何ともいえない旨そうな香りが漂ってきた。
エピローグ
結局クリスはミドルスクールを卒業後、家を出てマサチューセッツ州にある、ボーディングスクールに入学した。そしてナショナル・メリットのファイナリストという大変名誉な奨学金を筆頭に、複数の奨学金を貰って志望の大学に合格し、更にはメディカルスクールに進み、アンダーソン家の金銭的援助をほとんど必要としなかった。
おれ達が思ってた以上に、奴はギフテッド『天才児』だったらしい。
世界中飛び回って、絶滅危惧種の人工繁殖だの、傷病治療だのをしてるらしいが、休暇がとれるたびに我が家に帰って、カウボーイ生活を満喫してる。
あいかわらず乗馬は、おれの足元にも及ばないけどな。
ところが厩舎の掃除で根を上げてたくせに、いまでは牛の肛門に素手で手をつっこむくらい平気の奴になってた。人間、変われば変わるもんだ。思うんだが、クリスが獣医学の分野に進んだのって、うちの牧場暮らしが、かなりの影響を与えてると思うな…
一緒に過ごした年月は、いま思えばほんのわずかの時間だったけど、おれ達の間には家族という絆ができたから、どんなに遠く離れていても、こうして再び戻ってくる。何度も、何度も…
『JP、ただいま!』
笑顔のクリスを迎えるために、おれは奴の帰るこの場所を守っていくのだ。
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ああ、もう、どうとでもなれ!
「いいから、座っとけよ!」
口をへの字に曲げて、クリスはあきらめた。
「ミス・ブリーから話を聞いた」
「あの、女ギツネ…」
クリスの口から汚い言葉が飛び出たが、いまは聞かなかったことにしておこう。
「何で急に進路を変えた?おれが牧場を継ぐって言って、お前がおれの仕事を手伝うって、言い出したからだろ?」
予想外の展開に、事の成り行きを見守ることにしたらしい親父は、おれの座ってるソファーの空きスペースに腰を下ろして腕を組んだ。
「ミス・ブリーがあんまりしつこかったから、からかっただけだよ。初めから大学にいくつもりなんかなかった。やだな、JPもおじさんも、深刻な顔しないでよ」
「これ以上、嘘つくなよ!何年一緒に暮らしてると思ってんだ?もう、お前の顔見りゃ、それが本心から言ってることかどうか位、おれ達はわかってるぜ、あんまり人をなめんなってぇ〜の!」
思わず、テーブルを殴っちまった…いてぇな!
「やりたいことあるんだろ…?」
できるだけ気を静めて、クリスに問いかけた。
徐々にクリスの様子が変わってきて、その顔色は蒼白で小刻みに震えてる。
もう下手な演技もできないらしい。
「おれ、お前がこの家に来て、だんだん、笑うようになったのがうれしかった。だんだん、図太くなって、おれに失礼な態度をとるようになったのだって、ほんとの家族になったんだなって思うと、すげーうれしかった」
見ると、クリスは俯いて泣いてた。
「なんで、自分のやりたいこと、しようとしないんだ?」
「クリス」
ずっと腕を組んで黙っていた親父が、初めて口を挟んだ。
そして、クリスにやさしく語りかけた。
「ああ、お前もやりたいことをするがいい。大学だって行きたければ行けばいい。学費の心配なら無用だよ。二人とも私の大切な子供達だ」
「ぼ、ぼくは、大学なんて、行きたくないよ。ぼくだってアンダーソン家の一員なんだから、みんなのそばにずっと居たいんだ。JPの夢を二人で叶えたいんだ…」
ったく、こいつは、まだこんなこと言ってやがる…
「おれの夢はなぁ、お前が無理してお手伝いして下さるような、いい加減な夢じゃ、ねぇーんだよっ!!」
「……無理なんか」
「そうだぞ、クリス。お前がJPに合わせることはない。お前には、お前の道があるんだから。それに、たとえ別々に暮らそうとも、私達はもう家族なんだから。なあ、本当の家族ってのは、そのようなものじゃないかな」
親父、さすがはアンダーソン家の家長だぜ…
「お前の夢を私達にも遠慮なく話して欲しい。みんなで話し合って、私達にできる最大限のことをしてあげたいんだよ。それが出来なくて、何のための家族かね?」
「おじさん…」
そして、クリスは鼻の頭を真っ赤にして、話し始めた。
「だって、…だってぼくは、事業に失敗しておかしくなっちゃったパパが、ママとまだ小さかった妹のフィービーを道連れに拳銃自殺して…ぼく一人だけ生き残ってしまったんだ…JPは何も聞かなかったけど…そんなイカれた、人殺しの息子なんだよ」
「……クリス」
初めて聞いたクリスの過去は、やっばり悲しいものだった…
「NYのソーシャルワーカーは、ぼくの将来を考えて、パパの起こした事件の知らない、遠い州に行くことを進めてくれた。それで、ママの遠縁に当たる、このアンダーソン家に引き取られることになったんだ。そして、ここの人たちはみんな、ほんとにあたたかくぼくを迎え入れてくれたんだ。まるで、昔からぼくがいるように接してくれた。ぼくがどんなにJPやおじさん、ルピータや牧場のみんなに感謝してるかわかる?牧場の経営がどんなに大変か、わかってるつもりだよ。おじさんだって、本当はやりたくなかった新規事業をしなくちゃならないくらい大変なんだ。JPだって、この家を守ってアンダーソン牧場を引き継ぐって言う、とても立派な夢をもってる。ぼくだって、お世話になったアンダーソン家のために何かしたかったんだ…それなのに、こんなに良くしてもらって、ぼくだけ勝手なわがまま通して迷惑かけたくないんだ!」
あんれまあ…という感じだ。
「おれ、立派なんかじゃないぜ。別に犠牲的精神でこの牧場を継ぎたいって言ってる訳じゃないもん。はっきり言って、親父のことなんか考えてないし、おれが勝手に後を継ぎたいって言ってるだけだから、親父にお前には任せられんって言われるかもだしさ。おれの夢がたまたま、この牧場を継ぎたいってだけのことだろ?」
クリスの奴はおれの言葉に、驚きの表情を浮かべて、しばらく後、脱力した。
「はは、そうか…」
「うん…」
それから肝心なことを言い忘れてた。
「つーか、おれだって経営学、学びたいし、ゆくゆくは奨学金もらってサンアントニオの大学にいくつもりだけど」
「えっ!?」
「…あんだよ」
「JP…それ、マジで言ってんの?」
「なんだよ、悪いかよ」
「いまの君の成績じゃ、奨学金くれる大学は軍隊くらいしかないと思うよ」
いつものクリスの調子がもどってきたみたいだから、おれへの失礼な態度は水に流すことにしよう…
「お前も好きなことしろよ」
「…うん、でもぼくには本当に、JPみたいな明確な夢は無いんだ。…ただ、もっともっと学びたいし、知りたいんだ」
クリスの褐色の瞳が、いまではない遠い未来を思い浮かべていた。
「そっか…」
「なるほど…知りたい…か。大いに結構じゃないかね」
親父が目尻のシワを深くして満足そうに頷いた。
「…おじさん」
「クリス、もう、いいだろう?呼んでくれないかな…私達をお前のニ番目のファミリーとして、認めてもらえんかね?」
クリスは涙ぐみながら、この日最高の笑顔で答えた。
「はい、パパ」
そして親父にハグしてもらった。
それを横目に、やっぱり笑ってるおれ…
キッチンの方からは食欲を掻き立てる、何ともいえない旨そうな香りが漂ってきた。
エピローグ
結局クリスはミドルスクールを卒業後、家を出てマサチューセッツ州にある、ボーディングスクールに入学した。そしてナショナル・メリットのファイナリストという大変名誉な奨学金を筆頭に、複数の奨学金を貰って志望の大学に合格し、更にはメディカルスクールに進み、アンダーソン家の金銭的援助をほとんど必要としなかった。
おれ達が思ってた以上に、奴はギフテッド『天才児』だったらしい。
世界中飛び回って、絶滅危惧種の人工繁殖だの、傷病治療だのをしてるらしいが、休暇がとれるたびに我が家に帰って、カウボーイ生活を満喫してる。
あいかわらず乗馬は、おれの足元にも及ばないけどな。
ところが厩舎の掃除で根を上げてたくせに、いまでは牛の肛門に素手で手をつっこむくらい平気の奴になってた。人間、変われば変わるもんだ。思うんだが、クリスが獣医学の分野に進んだのって、うちの牧場暮らしが、かなりの影響を与えてると思うな…
一緒に過ごした年月は、いま思えばほんのわずかの時間だったけど、おれ達の間には家族という絆ができたから、どんなに遠く離れていても、こうして再び戻ってくる。何度も、何度も…
『JP、ただいま!』
笑顔のクリスを迎えるために、おれは奴の帰るこの場所を守っていくのだ。
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