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2008.01.24 (Thu)

硝子墓地 前編

その頃、私には『親友』と真実呼べる友人がおりました。
彼女の名前は沙也香さん。
当時としては珍しくハイカラな名前を持った、とても美しい少女でした。

通っていた女学校の帰り道でも、一緒に連れ立って街を歩くだけで思わず振り返って見られるほどの美少女でした。
「みんな、沙也香さんを振り返って見てるわ」
「よしてよ、房子さんったら…」
恥ずかしがって頬を赤らめる姿もまたたまらなく愛らしかったのです。

彼女が私のような垢抜けない地味な女と一緒にいてくれるのが不思議でもあり、またうれしくもありました。

「わたくし達、親友ね」
彼女の言葉にあこがれとうれしさをかみしめながら、うなずくことしかできなかった物慣れない自分。

こんな時代でしたから女学生が往来できるような娯楽施設もいまだ整っておらず、第一年頃の娘が軽はずみに遊びに出掛けるなど不謹慎とされておりました。
ーゆえに私たちの話題はリルケやゲーテなどの詩集や恋愛小説に終始し、まだ見ぬ殿方とのロマンスに思いをはせていたのです。

「ああ、恋!なんて魅惑的な響き!そうは思わなくて?」
恋に恋する彼女の姿は若さに輝いておりました。

そんな時、華族の傍流につらなる沙也香さんの実家では、彼女の縁談の話がまとまろうとしていたのです。

「イヤ!わたくし絶対いやよ!」
「沙也香さん…」
全身全霊で激しく拒絶する彼女に私は呆然とするばかりでした。
「ひどいわ!房子さんだってそう思うでしょう?わたくしはまだ恋もしていないのに…」
「………」
すがりついて同意を求める彼女に私はかける言葉が見つかりませんでした。
私を一身に見つめる沙也香さんの澄んだ瞳に映りこんだ己の姿が映りました。
そう、視線を逸らしてしまう己の姿をー…
「顔も見てない男と結婚させられるなんて絶対いやっー!」
沙也香さんはそう言って泣き出すばかりです。

確かに不条理な世の中でした。
ですが、この時代に生まれた者の多くは、家続きの政略結婚が世の常だったのです。
落ちぶれた華族の娘が成り上がりの金持ちに嫁ぐのはよくある話でした。
いま思えば沙也香さんの実家も家柄はいいものの、家計は火の車だったのかもしれません。

「沙也香さん、泣かないで……」
最後の味方のはずの私にすがりついてくる彼女に、私はとどめを刺してしまうのでした。
「元気を出して。…そう、相手の方だってきっと、良い方に違いないわ」
「……房子さん?」
信じられないような者を見る目で、いまはじめて彼女は私に裏切られたと思ったことだろう。
「いやよ、わたくしはいやっ!」
力無く何度も首を振った後、沙也香さんは何かに憑かれたように部屋を飛び出していった。
「まって!沙也香さん、どこへ行くの?」

ああ、彼女の異変にあわててあとを追う羽目になる私の姿はなんと滑稽なことでしょう。

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2008.01.24 (Thu)

硝子墓地 後編

辺りは春霞にけぶる木々の中。
風が吹き、花びらが舞う。
その中で沙也香さんの姿を発見しました。
薄闇の中で沙也香さんの姿だけが青白く浮かび上がる、この世のものとも思われぬほどのあやしく美しい光景がそこにありました。

「沙也香さん!!」
大声で呼びかけても何かの膜に包まれたようで、不思議と沙也香さんのいる場所まで私の声が届いたように感じられません。
そして、驚くべき現象が起こりました。
次の瞬間、私の意識が沙也香さんの体の中に入り込んだように感じたのです。

彼女の視界から見た光景が飛び込んできました。

草花の中で沙也香さんの体を共有した私は、蝶々の群れが空中に浮かんでは消えてゆく幻の光景を見たのです。
それは常人が踏み込んではならぬ、あやしの光景でした。

「お前たち…」
沙也香さんの意識が蝶々たちに語りかけました。
これはなに…?
沙也香さんの中にいる私の意識がおびえていました。
いまや蝶々の大群が沙也香さんの周りに押し寄せている。
いいえ、これは、蝶じゃない!
これは……だめ!沙也香さん、もどって…!
むなしく沙也香さんの意識の中で私は叫びました。

その時沙也香さんの声が彼女の唇から発せられました。

蝶々さん、こんにちは。
あなたのストローでわたくしの蜜を吸い取ってくださいな。
もう、時間がないの、少女はすぐにおわるから…。

その瞬間、蝶々たちは沙也香さんを覆いつくし……私の意識は彼女の体からはじき出されました。

はっとして我に返った時にはすべてが終わっていたのです。
自分の体にもどった私は、一時的にいま起こった出来事を忘れ果てて、沙也香さんの姿を探しました。
「どこにいるの、沙也香さん…?」
心細く沙也香さんを呼びましたが、もちろんいらえはありません。
ふと、キラキラと光る物質が地面に輝いておりました。

あとには積もり積もった硝子墓地。
とってもきれいな少女の拒絶。

ー木々のざわめきがそんな言葉を発したように私には感じられたのです。


あの日に見た光景はいったいなんだったのでしょうか?
春霞のみせた幻でしょうか。
沙也香さんは実際には見合い相手の元に嫁いでいっただけなのかもしれません。
私の空想と妄想が、あいまいな記憶を埋めたに過ぎないのかもしれません。

ただ、あの日以来、沙也香さんを見た記憶がありません。
彼女のあまりの少女らしさ、純粋さ、私は一方でそれをねたんでいたのかもしれません。
その結果、彼女の心を傷つけてしまったのだとしたら…


老婦人が大切そうに抱えている小箱。
蓋を開け、中からひとかけらの硝子のかけらを取り出す。
老婦人は上を見上げ、振り切るようにゆっくりと白髪を振る。
「夢、春霞のみせた夢…ですとも」

『わたくし達、親友ね』

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2008.01.25 (Fri)

硝子墓地 あとがき

ひらひら、ひらひら
硝子の破片まき散らし
ちょうちょうさん、こんにちは

少女はいつも回ってる
くるくる、くるくる
すとんとお座りパラシュート

ちょうちょうさん、こんにちは
あなたのストローでわたしの蜜を吸い取ってくださいな

時間がありません
すぐに少女はおわるから

あとには積もり積もった硝子墓地
とってもきれいな少女の拒絶


中1の授業中、上の詩を書いてて先生に叱られた記憶があります笑
いきなり載せた硝子墓地の短編はこの詩を元に作ったものです。

忘れ去られて日の目を見ないまま、およそ○○年…少し手を加えましたがやっと世に出すことができました。
子供の頃の拙い文章ですが、どなたかに読んでもらえたなら幸いです。

↓は当時のキャラクターのイメージ画で、天然の黄ばみ具合がいい感じに出ております笑


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